吉田麻也選手のサウサンプトンFCでのこれからに期待!

吉田麻也選手といえば、サッカー日本代表にも毎回召集され続けているディフェンダーです。
不動のセンターバックとして多くの代表選に出場してきたので、彼の名前を知っている方も多いでしょう。

そんな吉田麻也選手ですが、実は現在所属しているサウサンプトンFCでのパフォーマンスが良くなく、少し前までかなりの批判を受けていました。
吉田麻也選手の持ち味といえば、空中戦での強さや、後方からの正確なパス供給によるゲームの組み立てなどで、これらの調書がうまくいかせることができる試合では、一定以上の評価を受けてきました。
オランダのクラブからイングランド・プレミアリーグの名門サウサンプトンFCに移籍できたのも、そうした評価があったからでした。

しかし、吉田麻也選手はときどき軽率なミスをしていまうという欠点があり、彼のパスミスから相手にゴールを奪われるようなシーンが何度かありました。
彼のプレーは、不安定だったのです。
サウサンプトンFCでは、そうした不安定さが批判の的になっており、そのせいで吉田麻也選手の出場機会も減っていました。

ですが、2016年後半から徐々にプレーが安定し始め、評価が急回復したのです。
リバプールなどの強豪相手でも、臆することなく安定したプレーを見せ、リーダーシップをも発揮するようになり、いつの間にか吉田麻也選手はサウサンプトンFCに欠かせない存在へと成長しました。
私は、このことを本当にうれしく思っています。

というのも、彼が、今後の日本代表をも引っ張ってくれるのではと期待しているのです。
現在の日本代表は、ワールドカップ最終予選で苦戦しており、そうした苦境を乗り越えるには、吉田麻也選手の活躍が必要だと思います。
今後も、吉田麻也選手が安定したプレーを続け、活躍してくれるのを期待しています。

内田篤人選手、ドイツブンデスリーグ、シャルケ所属

2018年ロシアワールドカップの出場権をかけてアジア最終予選を戦っているサッカー日本代表。
厳しい予選の中で経験がある選手、世界と戦える選手をハリルホジッチ監督は求めています。

現在のサッカー日本代表には海外のクラブで活躍できている戦える選手は少なくなっています。
ベルギーで目覚ましい活躍する久保裕也選手など有望な若手が台頭していますが、何が起こるかわからないアジア最終予選に必要なのは豊富な経験がある戦えるベテラン選手ではないでしょうか。

海外で活躍し、アジア最終予選を経験し、戦えるベテラン選手。
そんな条件を満たせるのが、ドイツのブンデスリーガ1部シャルケに所属する内田篤人選手です。

内田篤人選手は、2010年にシャルケに移籍以来、フィジカルコンタクトの多いブンデスリーガで右サイドバックとして各国代表のエース級のアタッカーと対峙してきました。

シャルケはクラブチームの最高峰の大会であるチャンピオンズリーグにも定期的に出場しており、内田篤人選手もそこで日本人初のベスト4入りを果たしています。

また、南アフリカワールドカップ予選、ブラジルワールドカップ予選と2大会連続でアジア最終予選も経験しており、何が起こるかわからない厳しいアジアの戦いをよく知っている選手です。

怪我から復帰したばかりですが、戦えて経験豊富な内田篤人選手は日本代表がワールドカップに出場し、本大会で躍進するには絶対に欠かせない選手といえるでしょう。

アルバロ・モラタ、レアルマドリード所属、スペイン代表サッカー選手

サッカースペイン代表のアルバロ・モラタ選手について紹介します。
アルバロ・モラタ選手は、スペインの名門レアルマドリードのアカデミーで育ち、将来を嘱望されており、若いうちから試合にも出ていました。

しかし、世界屈指の名門において中々レギュラーポジションをつかめず、またレアル側としても使わないのはもったいないということで、イタリアの名門ユベントスに移籍します。
この移籍は少し特殊で、ユベントスへの移籍金よりも高い移籍金をレアルが払えば、買い戻せるというオプションがついていました。
すなわち、アルバロ・モラタ選手が成長した段階で買い戻す意図があったのです。

ユベントスに移籍してきてからは、膝の怪我があったものの、回復後はコンスタントに試合に出て、結果も出していました。
特に印象的だったのは、UEFAチャンピオンズリーグ準決勝でレアルとユベントスが試合した際に、2試合ともゴールを決めた試合です。
アルバロ・モラタ選手は、ゴールを決めても決して喜ぶことはなく、古巣への気遣いを見せていました。

その後レアルへと戻りましたが、再びベンチ生活が続いています。
結果が出ているだけに本人の不満もあるようで、再びイタリアやイングランドへの移籍のうわさが出ています。
試合に出れば結果を出すFWとして、アルバロ・モラタ選手を欲しいクラブはかなり多いようです。

中澤佑二選手のプロ意識

サッカーを好きな人なら一度は聞いたことが、そして見たことがあるであろうボンバーこと中澤佑二選手(元横浜F・マリノス)。
代表の主力として、2006年、2010年のW杯に臨み、2010年では日本のベスト16進出に大きく貢献。
クラブでも2004年にJリーグMVPを受賞するなど輝かしいサッカー人生を送っている。

実は中澤佑二選手がとても苦労人であることをご存知だろうか?
高校からプロ志望であったものの、高校サッカーではパッとせずにスカウトから声はかからず。

その後ブラジルに渡り経験を積むもののそれでもプロから声はかからず、高校サッカーを卒業した後もスカウトが見に来る試合では恥を忍んで後輩に混じって試合に出ていた等、大よそ世間に知られている華々しい成績とはかけ離れている。
その後、ヴェルディ川崎(当時)の練習生として参加をきっかけにプロへの階段を駆け上がり、そこからは皆様の知っている中澤佑二選手である。

そして1999年21歳でプロ契約後、2017年39歳になった今でも現役を続けている。
これは食生活から睡眠時間まで全て計算しているストイックな体調管理と日々の目標を持ったトレーニングによるものが大きい。
インタビューなどを聞いていてもベテランと呼ばれるようになった後も毎年目標を持ち、練習場でもそういったトレーニングを積んでいる。
まさに不屈の男・努力の男、中澤佑二選手であり、その姿はサッカーを志すものでなくても心を打ち尊敬に値する人物である。

ちなみに、練習を見に来たファンへのファンサービスも丁寧なことで有名。
も、上記の通りストイックな性格のため体調管理等の問題がある時はファンサービスを行わないことがあるので、中澤佑二選手を目的で練習場に行かれる方は注意。

吉田麻也、主力DFの離脱により得たチャンスを生かす!

プレミアリーグの強豪サウサンプトンに所属する吉田麻也。
シーズン開幕当初はベンチ要員としてなかなか試合に出ることができなかった。
出たとしても、後半ロスタイムであったりカップ戦での格下相手の試合だったりとコンディションを保つにはなかなか難しい状況であった。

そんな中、サウサンプトンの主力DFファンダイクが怪我により離脱、フォンテはクリスタルパレスに移籍と吉田麻也にチャンスが回ってきた。
しかし、多くのメディアは吉田麻也では役不足だと代わりのDFを連れてくるように支持した。

そんな逆風を吉田麻也はプレーで見返すことになる。
吉田麻也は安定したプレーを見せ、チームの守備を支えることになる。

そんな吉田麻也をメディアは賞賛し、サウサンプトンの後半の巻き返しのキーパーソンとなった。
シーズン終盤にはキャプテンも任され、吉田麻也にとっては素晴らしいシーズンになっただろう。

本来体の小さな日本人がプレミアリーグで活躍することはとても難しい。
そんな中、結果を残すあたりはさすがだ。

しかし、これで来シーズンのレギュラーが確約されたわけでない。
ファンダイクの復帰、新たなDFの移籍など多くのチャレンジが待っているだろう。
来シーズンの吉田麻也にも今シーズンのような活躍を期待している。

久保裕也、ブンデスリーガ・1.FCニュルンベルク所属

サッカー選手で久保と言うと皆さんは誰を思い浮かべるでしょうか?
日本人離れした驚異的な身体能力でゴールを量産しながら、けがに苦しみワールドカップ出場を果たせなかった久保竜彦でしょうか?

それとも、天才少年と言われ続けかつて FCバルセロナの下部組織で育った久保建英でしょうか?
かつてサッカー界の久保と言われるとこの二人を想像する方が大多数だったでしょう。

しかし今年から急激に知名度を上げてサッカー界の久保の代名詞となったのはKAAヘント所属の久保裕也です。
今や日本代表に欠かせない男であり不調に苦しむかつての代表のエース本田圭佑からポジションを奪った男です。

多くの方は、日本代表で立て続けにゴールを決めて所属チームでも大活躍する久保裕也しかご存知ないでしょう。
それでは、日本人初の欧州1部シーズン20得点達成した久保裕也の背景を少しご紹介しましょう。

彼のプレーが注目を集め始めたのは、彼が京都サンガFCに所属していたころです。
J2に苦しむエレベータクラブを脱却するために、久保裕也は当時の大木監督に抜擢され、高校生ながらゴールを量産し、高校生ながらリーグ戦10ゴールを挙げる大活躍でした。
天皇杯でもここぞという場面でベテランのような落ち着いたプレーで3ゴールをあげて京都サンガを準優勝に導きます。

久保裕也は、このころからとにかくシュートが上手く、ボールを吹かすこともほとんどありませんでした。
若くしてチームの柱となり、当時のチーム練習は彼の学校が終わり次第始まっていた、という伝説も京都サポーターの中では囁かれていました。
長年決定力不足に悩まされていた日本代表を救う男、久保裕也は京都の地でしっかりと力を蓄えていたのです。

京都ユース時代も、誰よりも遅くまでシュート練習を黙々とこなしていたそうです。
そして、久保裕也の性格を伺わせる京都時代のエピソードがあります。

久保裕也は、2013年シーズンの途中にスイスのヤングボーイズへと移籍します。
しかし実際にはその前から彼の所属はヤングボーイズへと移行していたと言われています。
ヤングボーイズからのレンタル移籍として京都でのプレーを続けていたのです。

その理由は、京都をまだJ1へと導いていないこと、お世話になった京都を自分のステップアップの簡単な踏み台にしたくないという男らしい理由でした。
しかし義理堅くても20歳の伸び盛りのこの男の意見を、ヤングボーイズがいつまでも聞いてくれるわけもなく、2013年シーズンの途中でスイスへと渡ることになったのです。

スイスでの4年間で35のゴールをあげてしっかりと結果を題した後に、ベルギーのKAAヘントへの移籍が決定しました。
かつてスイス時代にテレビでの特集では、家にカーテンもなく、「趣味は努力すること」と述べた男はそのサッカー漬けの努力が実り所属のKAAヘントでも日本代表でも大車輪の活躍を見せている。

その後、ブンデスリーガ・1.FCニュルンベルク所属に。
きっと久保裕也は、ニュルンベルクでも誰もが認める結果を出し続けるでしょう。
結果を残した後に本人が希望するイタリアでのプレーが待っているはずです。

かつての古き良き日本人らしく、義理堅く必ず結果を残してから所属チームを去る律儀な男はこれからもニュルンベルクで結果を残し続けるでしょう。

ユベントス所属、ジャンルイジ・ブッフォン選手

イタリアセリエAユベントスに所属する、イタリア代表ゴールキーパー(GK)のジャンルイジ・ブッフォン選手について紹介します。
ジャンルイジ・ブッフォン選手は、現在39歳になります。
サッカー選手にとって39歳というのはかなりの高齢になります。

GKの選手寿命はフィールドプレーヤーと比較すれば長いですが、それでもこの年齢まで第一線で活躍するというのは凄まじいことです。
ジャンルイジ・ブッフォン選手は、セリエAの強豪ユベントスの生GKであるとともに、いまだにイタリア代表でもレギュラーで出場しています。

ジャンルイジ・ブッフォン選手は、17歳に同じセリエAのパルマというクラブでプロのキャリアをスタートし、すぐに当確を表し、当時のGKとしては正解最高額の移籍金でユベントスに移籍します。
ユベントスで彼は多くのタイトルを獲得し、在籍中にはW杯優勝も経験します。

彼が保持していないタイトルとして、ヨーロッパクラブNo1を決めるUEFAチャンピオンズリーグです。
過去に2回決勝まで進出していますが、いずれも敗れてしまっており、トロフィーを掲げたことはありません。

しかし今年、再びユベントスは決勝の舞台に立ちます。
私個人としては、是非三度目の正直を達成し、欧州最強の称号を得て欲しいと考えています。

年齢的にも引退は確実に近づいており、1年1年が大事になってきます。
ジャンルイジ・ブッフォン選手曰く、欧州を制覇しても引退することはないそうですが、是非今年こそ優勝してほしいと思っています!