羽生結弦選手、トリプルアクセルが武器のフィギュア界の王子様

1994年生まれの羽生結弦選手は、男子シングルのフィギュアスケート選手です。
”ゆづ”という愛称で、全国民に愛されている存在でもあります。

羽生結弦選手は、ソチオリンピック、世界選手権、全日本選手権などで優勝をしており、数々の記録を残しています。

トータルスコアで300点以上の高得点をたたき出すという偉業も成し遂げています。
これまでの世界歴代最高得点を大幅に上回って塗り替えたのです。

更には、羽生結弦選手はグランプリファイナルにおいては4連覇を果たすなどしており、その躍進はもはや誰にも止めることはできないと言って良いでしょう。

元々、フィギュアスケートをはじめたキッカケというのが、2歳の頃から患っていた喘息の克服でした。
今ではその症状も、投薬や鍼治療によって改善されています。

羽生結弦選手は、プロフィギュアスケーターである荒川静香氏を尊敬しており、彼女の代名詞的存在とも言える技”レイバック・イナバウワー”を、演技に積極的に取り入れています。
これは、彼女への尊敬の気持ちを表現していると言われています。

テレビ番組やCM、映画など様々な分野にも挑戦しており、幅広く活躍しており、ファンも多い選手です。
羽生結弦選手は、常に自分に厳しく、そして夢を与えてくれる日本の誇りと言えます。

三原舞依選手の成長

フィギュアスケートの2016/2017シーズン、一番大きな変貌を遂げた選手と言えば、三原舞依選手ではないでしょうか。
それは今季の女子フィギュアスケート界が、大きな変換期を迎えたからだと思っています。

昨シーズン、三原舞依選手は初のジュニアグランプリファイナルへ出場、6位となった帰国後、若年性特発性関節炎(若年性リウマチ)のため、入院治療を余儀なくされます。

約半年にものぼる闘病生活の間は、もちろんスケートすることもできずに、病室のベッドで試合を見ることもあったそうです。
退院後は治療を続けながら競技に復帰し、現在も再発のリスクを背負いながらのも現役選手として活躍しているのです。

三原舞依選手は今シーズンからシニアに本格参戦しました。
初戦のネーベルホルン杯で優勝すると、初参戦のグランプリシリーズアメリカ大会で3位となり銅メダルを獲得、続く中国杯では4位となります。

三原舞依選手は、その後の全日本選手権では初の表彰台で3位となり、四大陸選手権と世界選手権への出場を獲得します。
難病を乗り越えスケートできる喜びを、何も失うもののないシニアの舞台でのびのびと楽しんでいるように見えました。

年が明けてシーズン後半、四大陸選手権でも三原舞依選手の勢いは衰えません。
ショートプログラム4位から、フリーではパーソナルベストで逆転、国際大会初優勝を飾ります。

この四大陸選手権では、日本のエース宮原知子選手が骨折による怪我で欠場しますが、この時点ではまだ世界選手権の出場は予定されていました。
しかしその後怪我の回復が思わしくなく、世界選手権への出場を断念することになります。

今季の世界選手権は、来季のオリンピック出場枠をかけた特別な大会でした。
日本女子は3人出場となっていたので、上位2人の合計順位で出場枠が決定します。

そこで絶対的な安定を誇っていたエースの宮原選手が欠場となり、一気に出場選手たちにオリンピック出場枠のプレッシャーがのしかかってきたのです。
三原舞依選手と同じく今季シニアデビューした樋口新葉選手、宮原選手の欠場により急遽出場となった本郷理華選手、この3人で世界選手権に臨むこととなったのです。

今季の実績や安定感などからも、三原舞依選手への注目度も上がってきました。
そしてこれまで感じたことのないプレッシャーの中、三原舞依選手はショートプログラムでジャンプをミスし15位と出遅れていまします。

試合後は涙を流しながらもインタビューに答え、フリーの抽選会ではコーチに寄り添われながらも、流れる涙を止めることができずにいました。

しかし、フリーでは見事にプレッシャーを跳ね除け、四大陸選手権でのパーソナルベストをさらに更新し4位、総合で5位となり、オリンピック出場2枠獲得に貢献しました。

今季最後の国別対抗戦では、ショート、フリープログラムともにノーミスの演技で、今季3度目のパーソナルベストを更新し、日本チーム優勝に大きく貢献することとなるのです。

今季、シニアに参戦したばかりの三原舞依選手が、シーズン後半には日本のエースとしてオリンピック枠獲得を託される選手にまで成長したのです。

シーズンを通じてこんなにも立場が大きく変わった選手もまれだと思います。
そしてその期待に見事に応えてくれたと思っています。

三原舞依選手はいつもインタビューで「スケート出来る事、家族や支えてくれる全ての人に感謝して、その喜びを忘れずに滑りたい」と語っています。
感謝を忘れない人はいざという時に強さを発揮できる人だと感じています。

今季は浅田真央さん、村上佳奈子さんの引退表明もあり、激動のシーズンとなりました。
来年の平昌オリンピック2枠をかけての戦いがはじまりますが、三原舞依選手ならきっと感謝の気持ちと共に夢を叶えてくれると信じています。

羽生結弦選手、オリンピックに向けて意欲!

フィギュアスケート男子の四大陸大会を終えて、羽生結弦選手の結果は銀メダルとはいえ、フリーの点数では1位という結果を残し、「いいプレ五輪になったと思っている」と平昌オリンピックへの手応えを感じた様子でした。

フリートップで今季自己ベストとなる206・67点をマーク。
合計も今季ベストの303・71点で2位に入りました。

「年々やることも大変になっている中で、自分の限界に挑戦している感覚が非常に好き。今回がたぶん一番楽しかった銀メダルだと思う」という羽生結弦選手のアスリート魂あふれる言葉に、こちらまで元気と勇気をもらえるようで嬉しくなります。

「五輪の時に自分が何本跳んでいるか、ちょっと想像がつかないです。ネーサンが『羽生結弦選手が押し上げてきた』って言われるのはうれしいけど、たぶん僕というよりみんなで切磋琢磨(せっさたくま)して押し上げてきたと思っている。

その中でも常にトップを張りたいと思っている」と、力強い言葉を残してくれました。
彼の持つ才能は、一体どこまで突き抜けていくのでしょうか。

トップを取り続けてもなお、トップで居続けるための努力を一切惜しまない精神力には、いつも尊敬してしまいます。

羽生結弦選手は、いつまでも少年のような繊細さと甘いマスクを持つ一方、力強い才能と精神力を持つギャップが、観客、なかでも女性たちの心に火をつけるのではないでしょうか。

羽生結弦選手は演技も性格もキレイでかわいい!

今のフィギュアスケート界で不動の人気を誇る選手といえば、男子シングルの羽生結弦選手ですよね。
その人気は日本だけにとどまらず、海外のフィギュア専門雑誌でも表紙の常連になっています。

ジャンプの点数が大きな割合を占めるフィギュアスケートにおいて、羽生結弦選手のようにためらいなく複数の4回転ジャンプに挑み、そして成功させる実力は、誰にとってもあこがれの的。
ここ数年の男子フィギュアスケートでの、4回転ジャンプ合戦ともいえる選手の競り合いも、羽生結弦選手をはじめとするたった数人のフィギュアスケーターに追いつくための戦いであるといえるでしょう。

中でも、羽生選手は数々の国際大会を連覇。
ソチオリンピックでもショートで未曾有の得点をたたき出し、金メダルを獲得しましたよね。

そんな羽生結弦選手ですが、特に日本においての人気のヒミツは、実力だけではないんです。
それは、羽生選手の「かわいさ」。

どんなに大事な大会でも、羽生選手の隣には常にプーさんの大きなティッシュカバー。
キスアンドクライでも、プーさんのティッシュカバーにぬいぐるみ。

先日行われた大会でも、息を切らして真剣な表情のまま、プーさんを手に取り、カメラにお辞儀。
そんな可愛さがファンを獲得しているみたいですよ。

男子フィギュアは複数種類の四回転ジャンプを跳ぶ時代

ソチオリンピックが終わってたった3年で男子シングルスのジャンプ構成がぐっと変わりました。
複数種類の四回転ジャンプを跳ぶ選手がぐっと増えてきたのです。
ソチオリンピックの時は一番多い選手で2種類で1試合3~4本程度でした。

ところが、最近ではトップ選手になると1試合に5~7本の四回転ジャンプを跳ぶのが当たり前という感じです。
四大陸フィギュアで優勝したネイサン・チェン選手はショートで2本、フリーで5本の四回転ジャンプを成功させました。

着氷に乱れもあり、演技構成点も高くはありませんでしたが、それでも300点を軽く超えてしまいました。
まだ17歳です。

羽生選手もフリーで4本のジャンプを決めましたが、それだけではなく他のジャンプの構成も難易度が高く演技構成点もかなり高いものでした。

総合的に見るとまだまだ羽生選手が格上なのでしょうが、ミスをしないチェン選手はそれだけで強いように思います。
ここ一番でのメンタルも相当なものでしょう。

今回敗れてた羽生選手は3月に行われる世界選手権に向けてメラメラと闘志を燃やしているように感じます。
宇野選手も四回転ループを成功させましたし、二人の若い選手が羽生選手にどんどん迫ってくるのがヒシヒシと伝わってきます。

島田高志郎選手は男子フィギュアスケート界未来の星

島田高志郎選手は現在15歳のフィギュアスケーターです。
愛媛県松山市出身ですが小学校4年生のときに練習の拠点を岡山へ移すために母親と一緒に岡山市に移住しています。
憧れの選手は同じ岡山出身の高橋大輔さん、町田樹さんとのことです。

島田高志郎選手は全日本ジュニアで2位、シニアの全日本でも7位に健闘、3月に台北で行われた世界ジュニア選手権に初出場しました。
成績は14位でしたが、ジュニアでも当たり前になっている4回転ジャンプを組み込まないプログラムでの成績です。
今後高難度ジャンプを跳べるようになればさらに上位を狙える選手に成長する可能性はあります。

島田高志郎選手の魅力は表現力の高さ、そして日本人離れした手足の長いスタイルです。
まだまだ、体が出来上がっていない状態ですから、将来が楽しみでなりません。
ルックスもよく、女性ファンも多いようです。

来季は、ジュニアの上位選手がシニアへ転向するため、島田高志郎選手がジュニアのトップ選手となります。
2022年の北京オリンピックでは中心選手となってくるでしょう。

今季フリーで使用していた曲は羽生結弦選手と同じ、「ロミオとジュリエット」です。
羽生結弦の後継者として、島田高志郎選手のこれからに期待したいです。

フィギュアスケート選手の羽生結弦のさまざまな快挙

フィギュアスケートの羽生結弦選手は、1994年の12月7日生まれで、宮城県仙台市泉区の出身です。
愛称は「ゆづ」とか、「ゆづくん」です。

羽生結弦選手の所属は全日本空輸で、国際大会ではトータルスコア300点越えの異業を成し遂げています。

プーさんのティッシュケースを愛用していますが、これは所謂「お守り的な存在」だそうです。
羽生結弦選手がスケートを始めたのは4歳の時で、持病の喘息を治す事が目的でした。

それで当初は体力面を心配されていましたが、様々なケアや努力の末に近年は体力も強化して来ました。
そして2007年から2008年のシーズンには、羽生結弦選手は、日本人男子選手初の「ノービスで全日本ジュニア選手権で表彰」されているのです。

また2009年から2010年には、4人目の「世界Jrチャンピオン」にもなりました。
2011年の大震災では自宅・スケートリンク共に被災し、周囲の人々が困難に晒されている中でスケートを続けて行く事に疑念を抱いたそうです。

しかし苦行の中でも前向きに頑張る野球部を見て、羽生結弦選手は意欲を取り戻します。
そして2014年のソチオリンピックでは、アジア人初となる金メダルを獲得したのです。

そんな羽生結弦選手が現在飛べるジャンプの種類ですが、4回転トゥーループと4回転ループと4回転サルコウ等です。
4回転ループは2016年10月1日に、世界初で成功させました。
また今だに成功者がいないとされる4回転アクセルについては、練習中との事です。

それから羽生選手は各大会で何度も上位に入賞し、メダル獲得の功績を掴んでいます。
ISU公認の大会のみに絞っても、金メダル14個と銀メダル11個と銅メダル2個を獲得するという超人っぷりを見せているのです。

また現在のコーチはブライアン・オーサーですが、以前には阿部奈々美さんや都築章一さん等にも教わっていました。

それと練習拠点は仙台のリンクですが、リンクの状態により1時別の会場に移していた事も有ります。
次の「平昌オリンピック」では、アメリカの選手の「ネイサン・チェン選手」が強力なライバルになるとの見込みも出ています。