木村沙織選手の引退

女子バレーボールの木村沙織選手が引退しました。
木村沙織選手は、初めて全日本入りした高校生のころから見ていて、そのころから注目されていた選手です。
それからずっと日本の女子バレーボールをエースとして引っ張ってきました。

10年、もしくはそれ以上の年月を、です。
私は小学生のころバレーボール部に入っていたので、この種目については他の競技よりは知っています。
自分自身はレギュラーではなく、試合にでることはめったになかったので、木村沙織選手の立場を理解するにはほど遠いです。

とはいっても腰や膝への負担がかかる種目なのはわかります。
肩もです。
木村沙織選手も、体を痛めたこともあったと思います。
(あまりきちんと追ってなかったので、知らないことも多いです。すみません)

バレーボールはチームプレイなので、エースだけがよくてもいけないし、チームメイトとの連携がちゃんとしてないと戦えません。
そういうことで力を発揮できないときもあります。

チームの団結力を高めないといけないキャプテンに木村沙織選手がなったときには「あの子も大きくなった」と、親せきのおばちゃんのようなことをつぶやいてしまいました。
そしてその勤めをきちんとはたしました。

去年結婚して、今年引退です。
日本を引っ張るというプレッシャーから解放された、楽しい第2の人生を祈っています。

川添奨太プロ、無敵のプロボウラー

川添奨太プロは2連続パーフェクト優勝をするなど今までにない日本のボウリング革命を次々と達成しました。
そんな川添奨太プロは幼少期の頃からボウリングを投げ始めて小学校6年生の頃にはアベレージが200を超えていたと言われています。
川添奨太プロは中学に入ると練習量は1日20ゲームを超える練習をしていて、天才が練習をすると無敵になると言われていますが、まさにその通りの道を進んで行ったのです。

高校生になりアマチュアの選手になったときにはトーナメントで数々の実績を残して活躍しました。
高校時代にアベレージは210を軽く超えていてプロも恐れるくらいの存在になっていたのです。
私は川添奨太プロと1度だけ同じレーンで投げた事があるのですが、ボウルの回転数、スピード、正確性が他の選手に比べて格段の違いがありました。

川添奨太選手の素晴らしい所は性格の良さももあります。
普段は礼儀正しくとても謙虚な性格をしていて川添奨太選手が所属しているボウリング場でもとても人気が高く信頼されている選手なのです。
アメリカの選手権にも日本代表で出場していて本場アメリカのプロの間でも評価が高く恐れられている存在です。

これからも川添奨太プロの活躍に期待をしています。

黄 秀京(ファン・スギョン)、フリービーチバレーボール選手

ファン・スギョン選手は、大阪朝鮮高級、日本女子体育大学卒業後、チャレンジリーグのGSS東京サンビームズに所属。

その後、2012年にビーチバレーボールに転向し現在も活動しているプレイヤーです。
在日コリアン3世として朝鮮学校を卒業し、日本一を目指して活動しています。

現在も朝鮮学校や子供達に夢を与えられる存在になりたい、国際交流を深めたいということで、ファン・スギョン選手は朝鮮学校やFC東京の開催するバレーボールスクールでバレーボール教室などをしています。

ビーチバレー転向後は「朝鮮代表選手になりたい。」という事を言っていましたが、現在は夢を与えられる存在になりたいと言っています。
ファン・スギョン選手は、持ち前の明るさだけでなく、負けず嫌いという性格がプレイにも出ています。

大学時代にも実力主義という事を徹底し、先輩・後輩の関係よりもとにかく実力を重視する選手でした。
その為、負けないという姿勢から実力を伸ばしてきた選手です。

インドアからビーチバレーに転向した後も、ファン・スギョン選手は、フリーとしてバレーボール活動の普及を行ってきました。

指導としては朝鮮学校の指導以外に、FC東京のバレーボールスマイル教室、オーカバレーボールスクールでのフロントスタッフとして多くの生徒に指導をしてきました。
朝鮮代表選手であっても日本人代表選手であっても、ファン・スギョン選手は持ち前の明るさと元気、粘り強さで結果を残して欲しいプレイヤーです。

張本智和選手が水谷選手を圧倒

ドイツのデュッセルドルフで行われている世界卓球の男子シングルスで番狂わせがありました。
日本のエース水谷隼選手と2回戦で対戦した、日本チーム最年少の13歳・張本智和選手が、水谷選手を圧倒して勝利、3回戦へ駒を進めました。

水谷選手はリオ五輪の銅メダリスト、まさか張本智和選手が勝つと誰が想像したでしょう。
この対戦はテレビでは放送されておらず、ニコニコ動画などを見ている視聴者がSNSに書き込みする情報だけが頼りになっていました。

張本智和選手が3セット先取したという情報を見ても、勝ちを意識してしまえば百戦錬磨の水谷選手が逆転するのではないかと思っていました。
4セット目は水谷選手が取り、ここから反撃かと思っていたら、5セット目も張本智和選手が取って勝利してしまいました。

水谷選手が腕を痛めているという情報もあったので、本調子ではなかったのかもしれませんが、それにしても張本智和選手の将来が楽しみになってきました。
張本智和選手は両親が中国の卓球選手、2歳から卓球を初め、英才教育を受けてきました。

今大会は史上最年少で日本代表に選出され、どれくらいやれるんだろうと思っていましたが、想像以上の活躍です。
女子は平野美宇、伊藤美誠選手など若手の躍進が目立っていましたが、男子でも張本智和選手が頭角を現し、東京五輪では世界の頂点に立てるのではないかと期待させる選手です。
これからもけがなく順調に成長してほしいと思っています。

上場雄也、松戸レガロ所属のビーチバレーボール選手

上場雄也は、2010年にVチャレンジリーグの選手の中で唯一、全日本代表登録メンバーに選出された選手です。
高校では無名の松戸六実高校出身。
当時在籍したつくばユナイテッドを退団して、プレミアムリーグであるFC東京に移籍しました。

駒沢スマイルバレーボール教室(FCバレーボール普及スタッフ)にも参加し、一般の家庭婦人などを対象にしたスクールでの指導などもしていましたが、当時のFT東京の坂本将康監督との相性が悪く、あまり起用されないという不満を上場雄也選手は持っていました。

サウスポー選手で全日本代表選手に選出されながらも、フランスのゾボレビー・ガブリエル選手がオポジットとして起用され、リザーブに回されることに不満を持ち2012年にはFC東京を退団。
その後、上場雄也選手は、2013年ワールドリーグでは全日本代表メンバーに選出されるも、所属チームがなかったという珍しい状態でした。

自分の力を信じて、2013年には出身地である松戸を拠点とする千葉ゼルバから声がかかり、上場雄也は、監督兼選手としても、チャレンジリーグに参加していました。
FCを退団した2012年に、ビーチバレーに転向をして長谷川徳海選手と組み、リオオリンピックを目指し、Team Y2として活動。

インドアで国際大会を経験し、2013年にはビーチバレー強化指定選手となり、2014年には日本ビーチバレーボールランキング2位と駆け上ってきた選手です。
上場雄也は、自分の可能性を信じて活動している選手なので、今後のプレイに期待したいです。