日本人初のNBAプレーヤー田臥勇太

B.LEAGUEのリンク栃木ブレックスに所属しているプロバスケットボールプレーヤーの田臥勇太さん。
田臥勇太(たぶせ ゆうた)と読みます。
現在36歳の独身で、身長173センチ、体重75キロ、足のサイズ29センチ、血液型A型、ポジションはポイントガードです。

田臥勇太さんは2004年にアメリカのフェニックスサンズと契約しプレーした、日本人初のNBAプレーヤーで注目されました。
田臥勇太さんは幼少期の頃からバスケットボールや野球など色々なスポーツをやっていたそうですが、何をやってもスポーツ万能だったそうです。

なので小学校、中学校時代からバスケットボールの技術はズバ抜けていて、全国大会で上位入賞や個人賞を取っていました。
1996年にバスケットボールの名門校の秋田県立能代工業高等学校に入学し、一年生の頃からスタメンで活躍します。

そして3年連続で3大タイトル「9冠」という素晴らしい記録を残しますが、当時の練習は物凄い過酷なものだったそうです。
神奈川県出身の田臥勇太さんは秋田弁もわからず先生(コーチ)の言っている言葉がわからなかったとの笑い話もありますが、「もうあの練習と憂鬱は嫌だ」と言っています。

バスケットボールをやり始めたきっかけは、お姉さんがやっていた影響と言っていますが、実はお母さんもバスケットボール経験者だそうです。
なので最初からバスケットボールIQは高かったのでしょうが、あのバスケットボールセンスは天才です。

クリス・ポール、NBAロサンゼルス・クリッパーズの生命線

クリス・ポールはNBAのウエスタン・カンファレンスのロサンゼルス・クリッパーズに所属するポイントガードである。
近年ステフィン・カリーやラッセル・ウエストブルックなど得点力のあるポイントガードが人気であるが、クリス・ポールは得点力はさることながらボールハンドリング技術やアシスト能力に長けた典型的なポイントガードである。

クリス・ポールは、過去4度アシスト王に輝いており、現役選手の中でアシスト能力でクリス・ポールを上回る選手はいない。
また、クリス・ポールの凄さは、ターンオーバーの少なさにある。ポイントガードと言えばボールを運び、ゲームを組み立てる役割があるためボールを所持する時間は当然長くなる。

そのためターンオーバーは必然的に増えるはずである。
しかし、クリス・ポールはその中でもターンオーバーが少ない。

2017年3月8日現在のアシストランキングではラッセル・ウエストブルック、ジョン・ウォール、ジェームズ・ハーデンに続く4位となっているが、その3選手とアシストで5位のレブロン・ジェームズは同時にターンオーバーのワースト4位に入ってしまっている。

しかし、クリス・ポールはターンオーバー数では32位と、これだけボールを所持し、アシストをしている選手としては驚異の少なさである。

昨年にはNBA史上初、20ポイント20アシスト0ターンオーバーという驚愕の記録を残した。
ロサンゼルス・クリッパーズはブレイク・グリフィンやディアンドレ・ジョーダンといったリーグ屈指のインサイドプレイヤーを擁しながらプレイオフでは結果を残せず敗退してしまっている。

今年こそクリッパーズがプレイオフを制するためには、クリス・ポールの活躍なくしてあり得ない。

ライジングゼファーフクオカで活躍、城宝匡史選手!

福岡県を本拠地としてB.LEAGUEに所属するプロバスケットボールチームで活躍する城宝匡史選手。
ライジングゼファーフクオカのチームの一員として2018年からやっています。

城宝匡史(じょうほう まさし)
・1982年4月24日生まれ(36歳)
・北海道札幌市出身
・身長183cm、体重83kg
・ポジションはシューティングガード・ポイントガード

2005年からプロ選手として始まり、大阪・東京・滋賀のチームへ移転しながら、プロの技を磨いてきた来歴が豊富です。
現在の城宝匡史選手は、福岡県のチームで活躍しています。

城宝匡史選手は、コツコツ努力してきた結果、日本人選手初のシーズンMVPや日本人初のプロ通算6,000得点の成績を残しています。
性格では、チーム仲間を信じてその人たちのために、力強い言葉とともに、燃えるスポーツ根性をもっていますね。

城宝匡史選手はタレントの長尾麻由と結婚(2015年1月23日)していました。
とてもかわいいお嫁さんでしたよ。

新ニュースでは、2017年2月13日に城宝家の男児が誕生して、新父親となりました。
おめでとうございます。
現在は、怪我もあって別メニューの調整でしておられ、日に日に良くなっているようです。

本人のブログでは、「なるべく早く良い状態でチームの助けになれるように努力します。」なので、いい活躍できる姿をみたいですね。
富山チームのユニホームは青色なので、燃える城宝匡史選手に似合っています。
頑張れ~!

栃木ブルックス、田臥勇太選手は日本人バスケ界の誇り!

高校時代に三年連続三冠を導いた田臥勇太選手。
能代高校に在籍し1年生からスターティングメンバーでした。
1年生でルーキーは13番、2年生で8番をつけると3年生では4番のキャプテンになるという流れがありました。

バスケの伝統校として必勝不敗という重たい横断幕を掲げた能代工業。
田臥勇太選手はもちろんですが、同年代の若月選手、菊池選手も三冠を取るにはいないければならない存在でした。
3年生最後のういんたーかでは熱がありながらの出場でしたが最後に相応しい勝ち方をされました。

それから渡米し日本人選手初のNBBプレーヤーとなりました。
身長173センチは日本のバスケ界でも小さいです。
NBAで走っている田臥勇太選手は子どものようでした。

しかしNBAは、そんなに甘くはありませんでした。
現在は日本のプロバスケチームの栃木ブルックスの一員として活躍されています。

30歳を過ぎてからの田臥勇太選手のプレーを見ました。
普通バスケは20代が活躍します。
走らなければならないスポーツです。
小さいのならばなおさらです。

田臥勇太選手のドリブルさばきは日本で確実にトップクラスでした。
一際目立つ存在でした。
年齢的にもNBAに戻るには厳しいと思います。
それならばいつまでも現役として日本を引っ張っていってほしいと思います。

目指せ東京オリンピック!レバンガ北海道・折茂武彦社長。

北海道にはレジェンドと言われるスポーツ選手が3人います。
一人はすでに引退してしまいましたが、日本ハムの稲葉篤紀氏、スキージャンプの葛西紀明選手、そしてバスケットの折茂武彦選手です。

その、折茂選手が来季も現役続行を発表しました。
現在47歳の折茂選手は、1993年にトヨタ自動車に中心選手として活躍、2007年にレラカムイ北海道へ移籍します。

その後、チーム消滅に伴い、自らが一般社団法人を設立、同時に新チーム・レバンガ北海道を創設します。
折茂選手自身が理事長に就任し国内プロ団体球技では異例の選手兼オーナーとなりました。

また、昨年11月には国内トップリーグ、日本人通算9000得点達成するなど、まだまだ現役選手として存在感のあるプレーを見せています。
選手としてだけでなく社長としても日々忙しい生活を送っているようで、9000得点を気に現役を退くのかもしれないなあなんて勝手に思っていました。

引退というのはまわりが決めるものではなく本人が決めるもの、折茂選手は東京オリンピック出場への夢をまだ諦めていないということです。
バスケット女子はリオオリンピックに出場を果たしましたが、男子は1976年のモントリオール大会からはオリンピック出場から遠ざかっています。

東京オリンピックも自国開催とはいえ、開催国枠が自動的に与えられるわけではありません。
折茂選手はバスケットボールを始めてからの夢を今、諦める必要はないと言ってオリンピック出場を目指すとのことです。
現役である以上、可能性は0ではありません。

ファンとしても選手兼監督でオリンピックに出場する折茂選手の姿を見たいと思っています。

故郷新潟を離れ島根で心機一転の佐藤公威選手。

バスケB1リーグで新潟アルビレックスBBでキャプテンとして活躍した佐藤公威選手の移籍が報道されました。
地元新潟出身で、ドラフト以後新潟でプレーし続けて、一時大分に移籍していたもののFAを機に再度新潟に戻ってきた佐藤選手は、2016-2017のB1リーグ初年度もキャプテンとしてチームの核として活躍しました。

学生時代も他の注目選手などと比べて飛び抜けた戦績があるわけでもなく、プロに入ってからも全日本で活躍するわけでもありませんでしたが、まさにチームの精神的支柱として地元の新潟アルビレックスBBを支え続けてくれました。

実業団チームがベースとなった他チームとは違い資金力が劣るアルビレックスですが、佐藤選手や五十嵐選手など地元出身選手が活躍してくれることにより、よりブースターとの絆が強固になっていき、他のチームにはない一体感が生まれおり、佐藤選手の貢献度は成績以上に大きいものだったのではないでしょうか。

そんな佐藤選手が次シーズンからは大分スサノオマジックでプレーすることになりました。
佐藤選手も33歳という事で、プレーヤーとしてはベテランの域に入っていますので、自分自身の選手生活を顧みても最後の転機となりそうな移籍です。
佐藤選手がいないアルビレックスも、移籍する佐藤選手もそれぞれ大変ですが、両者ともプラスになるようにお互いに頑張ってほしいと思います。

シーホース三河所属、日本バスケット界を背負って立つ比江島慎選手。

2016年秋に開幕された日本のプロバスケットボールリーグ「Bリーグ」がこの前終了しました。
そのBリーグで優勝こそは逃しましたが、西地区でリーグ1位に輝いたチームがシーホース三河です。
そのシーホース三河の核であるのが比江島慎選手です。

兄の影響でバスケットを始め、中学時代から全国大会にエースとして出場し、高校・大学とかなりの好成績を残しています。
MVPも受賞し、シーホース三河に入団した1年目から大活躍で、比江島慎選手はルーキーオブザイヤーにも輝いています。
大学在学中に日本代表に選ばれ以降、中心選手として活躍しています。

そんな比江島選手のポジションはガードで、特徴は190cmの長身とは思えないほどのスピードは日本人離れしています。
1対1の強さがあり、相手を抜いてからのシュートまでいく技術は日本でもなかなかいない選手です。

他にも得点力がずば抜けています。
比江島慎選手は、中からも外からと決めることができるチームの点取り屋として、チームを勝利に導いています。
まさに日本のバスケット界を背負って立つ人物だと言えます。

Bリーグは今シーズンこそは終わりましたが、まだ始まったばかりで、これからバスケットは日本にも馴染みの出るスポーツです。
これからの比江島選手の活躍が見逃せません。