柳田悠岐選手、異色の大砲

トリプルスリーを達成した柳田悠岐選手。
俊足強肩はもちろんのことですが、柳田悠岐選手の魅力はなんといっても豪快な打撃にあるでしょう。

全球狙ってるかのようなフルスイング。
投手からしたら威圧感の塊だと思います。

ミスターホークスでおなじみの門田博光さんは以前こんなことを言っていました「ホームランは狙って打つもんや」と。
しかし、それに対し当時ホークスの監督だった野村克也さんは「ヒットの延長がホームランや」と語っています。

確かに、柳田悠岐選手を除く、歴代トリプルスリー達成者は、あまり狙ってホームランを打たない、山田選手や松井稼頭央選手、金本選手などヒットの延長上のようなホームランを打つ人が多いです。
おそらくですが、細身で足の速い選手は意識してホームランを打つのではなく、ミート打ちのおまけでスタンドの前列に叩き込むような理論を持っているのかと思います。

元巨人の堀内監督は「外野フライのような打球が前列に入るより、特大ホームランを打たれる方がダメージが大きいんですよ」と語っていました。
そう考えると、走れて守れる上に、バックスクリーンを破壊するほどの特大弾を放ち、その上アベレージまできっちり残す柳田悠岐選手はただものでないことが分かります。

長野久義選手の復活

6月4日のゲームで日本のプロ野球ジャイアンツが10連敗という状況に陥りました。
次のゲームに負ければ、球団のワースト記録に並びます。
このようなチーム状況において、復活が期待されるのは、長野久義選手です。

開幕から打率が低迷していますが、5月からは打撃も戻り始めてはいます。
ただ要所のところで、バント空振り、失敗などミスが目立つシーンが多くなっています。

昨年も打撃不振で打率が2割前半と低迷しました。
かつて2011年には首位打者をマークするなど、打撃の長野久義選手という活躍をしていましたが、今の打撃状態はかつての勢いを感じないことがあります。

もしかすると、目を細めたりする仕草が最近目立つため、視力が落ちている可能性があるかもしれません。
ただ、この長野久義選手が活躍しなければ、ジャイアンの順位浮動には繋がりません。

守備ではいいものを持っています。
長野久義選手は足も速いので、塁に出たあとには引っ掻きまわすこともできます。
本来であれば1番か、クリンナップを打つ打順で、持ち前の打撃センスを発揮してもらいたいところではあります。

しかし現状は6番か7番で打撃不振からの開眼を目指して欲しいですが、酷いようならば2軍で再調整する選択肢もありではないかと思います。
いずれにせよ、長野久義選手が活躍しない限り、ジャイアンツはこのまま低迷し続けると思います。
頑張って欲しいものです。

三島康平、空を制する男の魅力

皆さんこんにちは。水戸サポーターです。
前回迄は、現在水戸に所属している選手を取り上げてきましたが、今回は水戸OBの三島康平選手を取り上げていきたいと思います。

水戸サポーターの私にとって三島康平選手は、絶対に忘れる事ができない選手です。
おそらく多くの水戸サポーターも、私と同じ気持ちではないでしょうか?それぐらい、水戸サポーターにとって三島康平選手は大切な存在でした。

三島康平選手は埼玉県出身の29歳 駒沢大学からヴィッセル神戸に入団しました。
浦和東高校時代は、全国的には無名選手でしたが、駒沢大学時代に、大学の先輩でもある、巻誠一郎選手(現ロアッソ熊本)を彷彿とさせる前線からの激しいプレッシングと、無類の空中戦の強さで注目を集めました。

しかし、期待されて入団した神戸では、怪我もあり在籍2年で4試合出場 無得点と不本意な成績で、僅か2年で神戸を退団して、2012年水戸に拾われる形で入団しました。
水戸でも怪我に泣き、中々満足なプレーは出来ませんでしたが、柱谷監督の辛抱強い指導もあり、翌13年シーズンは試合出場も増え32試合4得点を記録し、以降、レギュラーに定着しました。

翌14年シーズンは、35試合出場5得点、15年シーズンは怪我に苦しむも33試合出場7得点と、自己ベストの成績を残し、水戸のエースとなりました。
サポーターにも、丁寧なファンサービスと天然なキャラクターで1番の人気者になりました。

翌16年シーズン、水戸サポーターに激震が走りました。
低迷に苦しんだ15年シーズンを、支えた主力選手達が次々とチームを去り、「三島も水戸から居なくなるんじゃ…」と不安にかられました(ホントに心配しました)

しかし、三島康平選手は西ヶ谷監督やチームメイドの説得もあり無事残留し、オフの鬱憤を晴らすが如く、ゴールを量産しました。
三島康平選手は、シーズン中の7月に松本山雅に移籍する事になりましたが、サポーターはショックを受けましたが、晴れやかに三島康平選手を送り出す事になりました。

お別れ試合の町田ゼルビア戦は、後半20分まで、0-3と大苦戦しましたが、選手達も水戸サポーターも「勝って三島を送り出すんだ!!」と気合い十分で、残りの25分で3点を取り返し、引き分けに持ち込みました。
試合後、サポーターへ向けたお別れの挨拶は、三島康平選手も水戸サポーターも涙が止まらないセレモニーになりました。

松本山雅では、絶対的エースの高崎選手が居る影響でベンチスタートも多く、本人的には不本意でしょうが、松本山雅サポーターからは三島康平選手の信頼が厚いと聞きます。
水戸から松本山雅に移籍した理由は「もう一度J1でプレーしたい」との事でした。

松本山雅は強豪チームなので、三島康平選手の目標であるJ1でのプレーも叶うと思います。
今から、今シーズンの水戸対松本山雅で、ケーズデンキスタジアムに凱旋する三島康平選手を見る事が、私は楽しみでなりません。

細川淳矢選手、地獄を味わった男

皆さんこんばんは、水戸サポーターです。
過去、三島康平選手(松本山雅FC)馬場賢治選手(カマタマーレ讃岐)と水戸OBの選手を取り上げましたが、今回は今期、水戸で副キャプテンを務める細川淳矢選手を取り上げます。

細川淳矢選手は、埼玉県出身の32歳 高校時代は埼玉の名門武南高校で頭角を現し、仙台大学を得て、2006当時J2に属していたベガルタ仙台でプロデビューをしました。

仙台では、期待は大きかったものの、プロの壁を撃ち破れず、在籍6年間の通算でも出場9試合に留まり、最後の1年間は膝の大怪我にも苦しみ、2011年仙台との契約満了、細川淳矢選手曰く「地獄を見た1年だった。サッカー選手として自分は終わったと思いました。」という程追い込まれてました。

しかし、そんな細川淳矢選手に当時の水戸の柱谷監督が、救いの手を差し伸べ、練習生として水戸に加入する事になりました。

この時の事を、細川淳矢選手は後に「柱谷監督に誘われてホントに嬉しかったし、救われました。体がぶっ壊れてもやってやるぞ!と思いました。」と述べています。

そんな強い決意が実り、細川淳矢選手は7月に水戸の選手として、正式に入団しました。

そのシーズンは、7試合に出場しプロ初得点も記録し、翌年からはレギュラーに定着、14年シーズンこそ怪我の影響で10試合の出場に終わりましたが、それ以外の年は、水戸の守備の中心選手として、試合に出続けて、今に至ります。

細川淳矢選手の持ち味は闘志溢れるプレーですが、ピッチを離れれば、底抜けの明るさと後輩への優しさで人望も厚く、サポーターに対する態度もフレンドリーで優しく、話しかけやすい選手No.1です。

私の憶測ですが、サッカー選手として、1度地獄を見ているからこそ、自分を慕ってくれる仲間や応援してくれるサポーターへの感謝が、そういう気持ちにさせるのかな?と思います。
みんな大好き細川淳矢が、1日でも長く水戸でプレーしてくれる事を願うばかりです。

筒香嘉智選手は日本の4番

プロ野球は、今年セパ両リーグ盛り上がった感じがあり、面白い試合も多くありました。
シーズン終了後には、野球の世界大会WBCが開催されて日本は、惜しくもベスト4で終了したものです。

しかし、日本代表チームは、前評判より強くよく打った印象が残ります。
中でも日本の4番、筒香嘉智選手は、ホームランを数本打ちチームを牽引した選手です。
筒香嘉智選手は、今年チームで44本のホームランを打ち打点は、110の素晴らしい成績を残します。

2冠王のタイトルを獲得し、日本を代表するバッターに成長した一人です。
そんな筒香嘉智選手は、名門の横浜高校出身であり当時の監督いわく、打球の飛距離は歴代でも1、2位と語っています。

185センチ97キロの体は、プロの選手として恵まれており今後の期待もかかります。
しかし、筒香嘉智選手は、出身が和歌山県という関西人であり中学時代は、大阪のチームで活躍をしています。
高校を関西の強豪校へ進学する事を考えますが、横浜高校でプレーしたい気持ちが強く選ぶようです。

プロ入り後、野球に没頭するため野球の本、野球道具だけを寮に持ち込みます。
ジャイアンツの松井秀喜さんに憧れ、バッターとして追い越す勢いを感じるバッターです。

筒香嘉智選手は、現在25歳でありながら年棒は、3億円という高給取りになります。
横浜DeNAという地味なチームながら、ホームランを期待できる少ないバッターです。

本間幸司選手、穏やかで飾らない性格

微笑みの守護神 本間幸司!
こんばんは水戸サポーターです。

前回は、水戸ホーリーホック 湯澤洋介選手の魅力をお伝えしましたが、今回は、本間幸司選手をご紹介致します。
本間幸司選手は、茨城県日立市出身 水戸短大付属高校(現 水戸啓明)から浦和レッズに入団 3年間、浦和でプレーしました。

そして、1999年当時JFLの水戸ホーリーホックに入団以来、今シーズンで18年水戸の顔としてプレーしています。
熱心なファンサービスと、穏やかで飾らない性格もあって、本間幸司選手は老若男女(特に子供の人気が高い!)問わず、水戸サポに親しまれています。

冒頭の微笑みの守護神の意味ですが、私が独断で名付けました(笑)
ここ数年、試合中よく見る光景ですが、ミスをしたDFに対して怒る訳でもなく「大丈夫!大丈夫!」と笑顔で声を掛ける場面が増えました。

この事に関して、本間幸司選手は「自分の様なベテランが怒ってしまうと、若い選手は萎縮してしまう。若い頃は出来なかったけど」と述べている通り、以前は、結構激しく怒鳴る事もあったと、1人の水戸サポとして覚えてます(観客席まで聞こえてた)。

さて、そんな本間幸司選手も今シーズンで、在籍19年目。
身体の衰えも見てる限り、全く感じられず元気に練習に明け暮れています。

我々、水戸サポは「幸司と共にJ1へ!!」が共通の悲願です。私も、1試合でもいいから、本間幸司選手が水戸のユニフォームでJ1のピッチに立っている姿を早く見てみたいです。
今回も最後まで、筆者の拙い記事にお付き合いして頂きありがとうございました。

三原舞衣選手のシンデレラストーリー

三原舞依選手は今シーズンからシニアへ参戦、スケートアメリカで3位の表彰台に上ると、中国大会で4位と好成績を収めました。
さらに全日本では3位となって、シーズン後半の国際大会の出場権をゲットしました。

三原舞依選手は、2月16日から平昌五輪と同じ会場で行われている四大陸選手権ではSP4位から逆転して優勝しました。
まさにシンデレラストーリーで、女王まで駆け上がりました。

そんな、三原舞依選手ですが、昨年、難病(若年性リウマチ)のため、長期間競技から離れなければならなくなりました。
今回は苦労を超えての復活、そして国際大会での初優勝は素晴らしいの一言です。
まだ、17歳ですから、怖いもの知らずということもあるとは思います。

思えば、浅田真央選手もシニア1年目はGPファイナル優勝、全日本優勝など素晴らしい活躍を見せました。
これから、三原舞依選手がいろいろなものを背負って、競技に集中できるのか、難病とうまく付き合って競技を続けられるのかが問題になってきます。

まずは、3月に行われる世界選手権です。
この大会はただの世界選手権ではないのです。
オリンピックの枠を取るためるの戦いなのです。
3人のうち上位2名の順位の合計が13位以内であれば、3人オリンピックへ出場できます。

エース宮原選手が疲労骨折で休養中、仮に世界選手権へ出場することができても万全の演技が出来る可能性は低いです。
ジュニアの女子は世界トップクラスの選手がたくさんいるのですが、シニアは手薄状態のため、三原舞依選手の成績に期待するしかなくなります。

そんなプレッシャーを受けた時に、今までどおりの演技ができるのか、病気を乗り越えた精神力の持ち主の三原舞依選手であれば、期待に応えてくれると信じたいです。
自分の演技をすれば、自ずと結果はついてきます。
三原舞依選手には、平常心でベストを尽くして欲しいと思っています。