日本テニス界を救った錦織圭選手は第3テニスブームの火付け役!

今日本で錦織圭という名前を知らないという方はそうそういないと思います。
今までテニスにまったく興味がなかった方も錦織選手の活躍によりテニスというスポーツに興味をもったことでしょう。

『第一次テニスブーム』
さかのぼること25年前、日本は空前のテニスブームでした。
男子は松岡修成選手、女子は伊達公子選手が世界で輝かしい成績を収め、テレビ放送も今では考えられないほど放送をしていた時代があったのです。
しかし、両選手の引退により、少しずつテニスブームに陰りが出てきました。

『第二次テニスブーム』
それからはテニスブームからサッカーブームに切り替わった時代となります。
そんな流れを止めたのは漫画『テニスの王子様』でした。

日本各地にあるテニススクールのジュニアクラスはどこも満席状態になるほどのテニスブームでした。
ちょうどそのころジュニアで活躍していた世代が錦織選手ですね。

しかし、松岡選手、伊達選手に加え杉山愛選手などが引退をした後はなかなか世界で戦える日本人選手が現れなかったのです。
そのため、第二次テニスブームは3年ほどで衰退をみせます。

『第三次テニスブーム』
今から7年前、ある日本人選手がテニス大会でも2番目に大きい規模の大会で優勝を収めました。
当時、世界10位の選手を下しての優勝は世界中を驚かせることになりました。
その選手こそ錦織圭選手です。

しかし、テニスから離れてしまった当時の日本ではこのビッグニュースがなかなか浸透しませんでした。
しかし、その後も活躍を続ける錦織選手が世界ランク10位に入れるところまで成績を収めたあたりからまた、テニスブームが再来しました。

現在のテニススクールのジュニアクラスは第二次テニスブーム以上の盛り上がりを見せています。
こうしてみるとテニスブームの周期が約10年ごとにやってくることがわかります。

錦織圭選手の活躍により、たくさんのジュニアがテニスを始めるきっかけができ、才能あるジュニア選手もでています。
錦織選手に続く日本人選手が現れ、このテニスブームが永続的に続き、テニスが国民的スポーツになることを願いま
す。

シーホース三河所属、日本バスケット界を背負って立つ比江島慎選手。

2016年秋に開幕された日本のプロバスケットボールリーグ「Bリーグ」がこの前終了しました。
そのBリーグで優勝こそは逃しましたが、西地区でリーグ1位に輝いたチームがシーホース三河です。
そのシーホース三河の核であるのが比江島慎選手です。

兄の影響でバスケットを始め、中学時代から全国大会にエースとして出場し、高校・大学とかなりの好成績を残しています。
MVPも受賞し、シーホース三河に入団した1年目から大活躍で、比江島慎選手はルーキーオブザイヤーにも輝いています。
大学在学中に日本代表に選ばれ以降、中心選手として活躍しています。

そんな比江島選手のポジションはガードで、特徴は190cmの長身とは思えないほどのスピードは日本人離れしています。
1対1の強さがあり、相手を抜いてからのシュートまでいく技術は日本でもなかなかいない選手です。

他にも得点力がずば抜けています。
比江島慎選手は、中からも外からと決めることができるチームの点取り屋として、チームを勝利に導いています。
まさに日本のバスケット界を背負って立つ人物だと言えます。

Bリーグは今シーズンこそは終わりましたが、まだ始まったばかりで、これからバスケットは日本にも馴染みの出るスポーツです。
これからの比江島選手の活躍が見逃せません。

生涯現役。千葉ロッテ、大リーグなどで一世を風靡したフリオフランコ選手。

千葉ロッテに所属していたフリオフランコ選手をご存知でしょうか?
体を前のめりにして豪快に構える「スコーピオン打法」に感化された少年は多かったと思います。
私もそのうちの一人でした。

フリオフランコ選手は、日本では千葉ロッテの2年間で打率298、本塁打28、打点135という成績を残しました。
また、日本だけでなく大リーグでも打率298、本塁打173、打点1194、盗塁281と非常に優秀な成績を収めています。

さらに、フリオフランコ選手は2500安打を達成していて、首位打者、オールスターMVP、ベストナイン、ゴールデングラブ賞と数々のタイトルを獲得しています。
衰え知らないフリオフランコ選手の伝説はすさまじく、46歳でホームランを放ち、MLB最年長ホームラン記録を打ちたて、47、48歳とコンスタントにホームランを放ち自身の記録を更新しました。

しかも、48歳の時に放ったホームランはあのランディジョンソンからです。
MLBを去った後、2015年に55歳という年齢で、BCリーグ石川ミリオンスターズの選手兼監督をつとめました。
監督成績では31勝38敗、打撃では25試合に出場し、打率312と健在さをアピールしました。

58歳のフリオフランコ選手は、韓国のロッテジャイアンツで一軍打撃コーチをつとめています。
首脳陣が打者兼任を許さなかったそうですが、引退を表明してるわけではないので、今後の活躍に期待できそうです。

シャルケ04所属の内田篤人は怪我から復帰後の彼の展望とは?

ブラジルワールドカップ以降、ほとんど試合に出ていなかった内田だが、今シーズンついに復帰を果たした。
2016年12月のヨーロッパリーグ・ザルツブルク戦で、約1年9カ月ぶりに試合復帰を果たしたのだ。
少しずつであるが、順調に怪我から復帰して練習試合では、90分出場も果たしたという。
気になるひざの状態についても痛みもく腫れも出ないと明かしているので、確実に状態は向上しているように思える。
私たちの希望は、日本代表の青いユニホームを着て右サイドバックで輝く内田のプレーを見ることである。

しかし、そのためには今シーズンが大きく内田の人生を分けるだろう。
その理由として、シャルケ04との契約は、今シーズンで終了するからだ。
恐らく、今シーズン目に見える結果が内田には求められる。
レギュラーを取り戻さねば、内田の居場所は来年以降シャルケ04にないだろう。

もちろん、彼が今季レギュラーを奪えばそれが一番良いことだが、もしレギュラー奪還ができなければ次の移籍が大きく彼の人生を分けるポイントになるだろう。
あくまでも、ドイツにこだわるのか、別のリーグのチームに移籍するのか日本に帰ってくるのかを選ぶことになる。
彼がどの選択をするのか、見極めるヒントになる言葉を彼は語っている。
内田は「自分の後悔のない終わり方っていうのは、ケガをして考えるようになりました。」と語ったのである。

さらに、チームメイトのオランダ代表FWクラース・ヤン・フンテラールがシャルケを去る時に、彼のファンからの惜しまれ方を見てキレイに終わることを考えたという。
この発言からして、彼本人がシャルケをキレイに去る日を意識しているのかもしれない。
我々としては、内田がレギュラーを奪還する日がくるのを待っている。
しかし、それができなくても内田篤人はキレイにシャルケを去ることはできるだろう。
そう、多くのファンに惜しまれながら。

交流戦から巻き返しをはかる巨人の村田修一に大注目!

2017年シーズン、同じポジションの選手が加入しレギュラー争いに敗れてしまった巨人の村田修一選手ですが、交流戦の開始とともに、復活の狼煙を上げてくれました。
交流戦ではパ・リーグ主催試合の際は、指名打者制が使えるので、スタメンに一つ野手の枠が空きます。
連敗中の巨人は大きな改革をする必要がありましたが、高橋監督は実力のある村田修一選手を起用しました。

かつてホームラン王も獲得したことのある選手ですから、燃えない訳はありません。
早速期待に応えて、6月1日の楽天戦でホームランを放ち、続く2日のオリックス戦でもホームランを放ちました。
特にオリックス戦は東京ドームでの試合でしたから指名打者が使えませんでしたが、その中でも4番打者として出場していました。

結果的に巨人は敗れて連敗が続いていますが、村田選手が入ったことで、雰囲気がかわりました。
村田選手も、ホームランの際には、珍しく雄叫びをあげていました。

気持ちがものすごく入っていたのだと思います。
自分への悔しさ、チームの不甲斐なさなど様々な思いを乗せた一発でした。
この調子で行けば、村田修一選手は今後も起用されるはずですから、チームメイトを背中で引っ張っていくような活躍を期待したいです。

日本を代表するルーキー、アルバルク東京の田中大貴選手。

2016年秋に日本最高峰のプロバスケットボール大会のBリーグが開幕され、ファイナルを迎えました。
その大会でアルバルク東京は優勝は逃しましたがB1地区で2位という素晴らしい成績を残しました。
その成績に大いに貢献したのが、田中大貴選手です。

田中選手は今大会のBリーグであの田臥選手と共に注目されている選手でもあります。
田中選手は長崎県出身の25歳で、高校時代にまだ1年生ながらにもスターターで出場し活躍し全国高等学校バスケットボール選抜で優勝しています。

その後東海大学に進学し、3年生と4年生の時には最優秀選手賞にも輝き、アルバルク東京に入団しました。
田中大貴選手のポジションはシューティングガードで、長距離のスリーポイントシュートを狙いつつも、スピードとテクニックを活かし幅広いエリアでポイントを狙うチームの得点源です。

身長も190cmと高くその身長から繰り出されるダンクシュートはとても迫力があります。
性格は綺麗好きの几帳面でファッションが大好きみたいです。
ルックスも良い為、田中大貴選手は、バスケ界ではプリンスとも呼ばれています。

今期はもう終了してしまったBリーグですが、注目が集まって来てるスポーツなので次回は優勝を目指して頑張ってほしい期待の若手ルーキーです。

浦和レッズ所属、そして日本代表ゴールキーパー西川周作選手。

今回私がお話しさせていただくのは、浦和レッドダイヤモンズ所属背番号1番、西川周作選手です。
西川周作選手は大分トリニータユースを経てトップチームの大分トリニータへ入団し、その後サンフレッチェ広島へ移籍をし浦和レッドダイアモンズへ入団しています。

西川周作選手の特徴といえば、Jリーグ屈指のキック精度、そしてゴールキーパーの魅力的なセービングです。
まず、西川周作選手は左利きの選手ですが、中学時代に左足を毎日のようにストイックに練習し、その結果左足のほうがキック精度が良くなったそうです。

西川周作選手のキックはゴールキーパーにもかかわらず、チームのゴールにアシストをつけています。
これはゴールキーパーとしては、とても素晴らしく珍しいことだと私は思います。

西川周作選手のキックの中でも特にパントキックは、世界で戦っている日本代表ゴールキーパー川島永嗣選手よりも質が高く、日本代表監督のハリルホジッチ監督も常に高く評価しています。
そして、日本代表ではゴールキーパーとして日本代表として招集されブラジルワールドカップで控え選手としていました。
現在のロシアワールドカップへ向けた日本代表招集では、常にメンバー入りしており、スターティングラインナップに名前があります。

これからも西川周作に注目です!