プロ野球選手 読売ジャイアンツ キャプテン坂本勇人選手。

2016年から読売ジャイアンツのキャプテンになった坂本勇人選手についてです。
坂本勇人選手は小学1年生から野球を始めました。
小学生時代には、現在ニューヨークヤンキースで活躍している田中将大選手とバッテリーを組むでいました。
小中と地元のシニアチームに所属し活躍しました。

高校では青森の光星学院に入り甲子園に出場し活躍しました。
そしてジャイアンツに高校生ドラフト1位で入団しました。

そしてプロ一年目から開幕スタメンに入るなど将来有望な選手としてたくさんの試合に出場し、活躍しました。
しかし統一球問題後、最多安打のタイトルを一度獲得したものの、少しづつ成績が低迷し、スタメンを外されたり、途中交代を告げられるなど思ったような成績が出せない苦しいシーズンが4年ほどつづきました。

そんななか坂本勇人選手は阿部慎之助選手の後を引き継ぎジャイアンツのキャプテンに任命されました。
すると松井選手の教えてを生かしたバッティングの改造などもあり2016年プロ入りから自己最多ともいえる成績を残し、首位打者のタイトルを獲得しました。

またWBCにも選出され活躍するなど国際舞台などでも好成績を残し、今度のプロ野球界を引っ張る存在となっています。

世界ランキング1位!イギリスの頭脳派テニス、「アンディマレー選手」。

テニスで現世界ランキング1位のアンディマレー選手を紹介させて頂きます。
BIG4と呼ばれる4人の中で一番特徴がないとされていながらも、1強だったジョコビッチ選手をついに抜き、世界ランキング1位になりました。

プレーのスタイルとしてはカウンターパンチャーです。
特段ナダル選手のような脚力がある訳ではありませんが、スライスやライジングなどでラリー中に相手のリズムを崩して、相手のテニスをさせないのがマレー選手の特徴です。
相手の嫌がる配球が得意なので自分が不利になる状況を作りません。

それとジャックナイフも得意ですので、意外な攻撃力を発揮する場面もあります。
攻守にバランスが取れており、なおかつどんなボールを打ってくるか分からないことが相手にプレッシャーをかけてきます。

またウィンブルドンでは2013年と2016年に優勝しており、イギリスの自国優勝に貢献しております。
かつては一強で、弱点がないとまで言われる鉄壁のディフェンスを誇るジョコビッチ選手を破れるのは、アンディマレー選手のように、試合のリズムをコントロールするテニスしかありません。

BIG4を占めていた4人が独自に復活を遂げる中、プレーの派手さがあまりなかったマレー選手の活躍に注目したいと思います。

伝説の人と誇れる数少ない偉大な選手 マーリンズイチロー。

40歳を越えても尚活躍し続けるマイアミ・マーリンズ イチロー選手は日本が誇るレジェンドクラスの選手なのは間違いないです。

オリックスに在籍していた時分からその凄さは群を抜いていました。
200本安打達成し、打率はいつでも上位、何度か球場にイチローを見に行きましたが、醸し出すオーラは超一流のものでした。
球場で見ていてそれが分かるのは物凄い事です。

シアトルマリナーズに移籍してからもヒットを量産、メジャーリーグ年間最多安打262本を放ち、現在では日米通算4257本はギネス記録として認定されています。
メジャーリーグだけでも3000本以上の安打を放ち、文句なしにレジェンドクラスの選手になってしまいました。

50歳まで現役をなんて言葉が嘘には聞こえない程の選手です。
私もイチローならできると信じています。

天才肌というイメージが強く、誤解を生みそうな発言があるときもありますが、偉業を達成したから言える、誰からも文句を言えない事を成し遂げたから言える発言だと思いますし、非常に説得力のある言葉が多いと思います。
おそらくメジャーリーグでの引退になるでしょうが、また日本でプレーする姿や監督になった姿も期待したいので、ぜひこれからも応援し続けたいですね。

全日本バレーボール男子のエース、石川祐希。

ここ最近、スポーツ界での若手の活躍が目覚しいものがある。
その中でも、私が一押ししたい人物がいる。
それは、現在中央大学に在籍している石川祐希選手という人物だ。

彼は、全日本男子バレーボールのエースとしてワールドカップ、リオオリンピック最終予選で活躍し、ここ2年で大きくメディアにとりあげられ有名となった選手だ。
実際にメディアで1度は耳にしたことがあるという人も多いと思う。

現在、彼は10年に1人の逸材と呼ばれ、元全日本男子キャプテンである川合俊一に歴史上No.1のプレーヤーとまで言わせている。
そう言われるのには、彼が起こしてきた伝説に起因している。
それは、彼が高校時代に2年連続インターハイ、国体、春高3冠という偉業を成し遂げ、進学した大学では衰えを知らず全日本インカレで3年連続優勝に導き、またワールドカップでは、20年ぶりに全体の6位という成績をもたらしたからだ。

また名だたる海外選手とともにベスト6にも輝き、この他様々な栄光をもたらしている。
彼は、エリートの道を走ってきた。
しかし、彼が出場したリオオリンピック最終予選では、予選敗退という結果になった。
これは彼の中での大きな挫折と言えるだろう。

現在、彼はその挫折から自己をさらに高めるため、単身1人で世界トップレベルのイタリアセリエAに短期留学し、海外の有名代表選手の中で経験を積んでいる。
まだまだ若く、2020年東京オリンピックでは、彼の活躍を耳にしない日はないだろう。

世界で活躍を続けているプロゴルファー松山英樹選手。

アメリカPGAツアーで活躍中の松山英樹選手についてお話しします。
ゴルフの名門の東北福祉大学でゴルフ部在籍中に2010年にはアジアアマを制覇し翌年のマスターズに出場。
そこでローアマ(アマチュアで出場した選手の中で最上位)を獲得するなどアマ時代から注目されていた逸材。

2011年に三井住友太平洋VISAマスターズでアマで優勝した後、プロへ転向。
その後、国内で勝利を重ねた後男子プロゴルフの最高峰のPGAへ舞台を移して現在活躍中です。
世界のトッププレイヤーが集結しているPGAツアーがゆえに、予選落ちもあり、調子も維持するのが大変だと思います。

そんな過酷なツアーで松山英樹選手は現在、PGAツアー4勝をあげている。
世界のマルちゃんと言われた丸山茂樹プロの勝利数を25歳で抜いて日本人史上最高のプロゴルファーだと言えます。
そんな松山英樹プロがPGAツアーで今なお活躍できる理由は私が思うに3つあります。

まず一つ目はメンタルの強さです。
ゴルフはよくメンタルのスポーツと言います。
テレビで見ていても松山選手のプレーは淡々とプレーしている様に見えます。
表情にあまり現れないのです。良い時も悪い時も画面越しに見える表情があまり変わらないのです。
当然バーディーパットが外れた時は悔しそうな表情をしますが次のホールに引きずってる感じがまったくありません。
このメンタルの強さがが過酷なツアーで戦い続けられる原動力となっていると思います。

二つめは飛距離です。
PGAツアーはコースの距離が国内と比べると長く飛距離の出る、外国選手が有利ですが、松山選手はドライバーのの飛距離が300ヤードを超え海外選手にひけをとりません。
この圧倒的な飛距離がPGAツアーで戦えている要因です。

3つめは体幹の強さです。
ツアー中でもトレーニングを欠かさない松山選手の体は年々がっしりしています。
強靭な体はぶれが少なく安定したショットを生み出します。
ショットは世界一といっても過言ではない位安定しています。

必ずメジャーを勝ってくる選手だと確信しています。
松山選手の今後の活躍を期待しています。

レバンガ北海道の折茂武彦は、やはり選手として最高です!

レバンガ北海道の折茂武彦選手(レバンガ北海道社長でもあります)は、やはりバスケットボール界では凄い選手だと思います。
先ずは、年齢、1970年生まれですので今年で47歳です。

現役のバスケットボール選手では、考えられない年齢です。
私も42歳でいまだに社会人のバスケットボールをしておりますが、それでも考えられない年齢です。
と言うのは、私たちは、同じ年齢の方々とのプレイも可能ですが、レバンガ北海道はプロです。

周りのプレイヤーは、かなり若く速度域が早いです。
それに付いていく事の出来る折茂武彦選手には、ビックリさせられます。
しかもプレータイムも意外と長く出ております。

そして彼の持ち味は、スリーポイントシュートですが、これは若い頃と変わらず綺麗なシュートで感銘いたします。
普段の彼のトレーニングを見たときに、周りの選手に劣ることなく付いていっているのを見て自分も頑張らないとと思わせてくれます。
北海道にバスケットボールのチームが出来て、彼が北海道のバスケットボールのレジェンド的存在になってきました。

このまま、レバンガ北海道の折茂武彦選手が、何歳まで選手として活動していけるか楽しみです。
総得点数が500点を超えましたが、この点数がどこまで伸びるのかも非常に楽しみです。

バーレーンメリダ所属、サイクルロードーレーサー新城幸也選手。

新城幸也選手はサイクルロードレースの本場、ヨーロッパで活躍している選手です。
サイクルロードレースといっても日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、ヨーロッパではサッカーと肩を並べる位に人気があり、新城選手の地名度は日本よりもヨーロッパでのほうが高いともいわれています。
そんな新城選手ですが、サイクルロードレース最高峰のツールドフランスに6回も出場しており、輝かしい実績を保持しています。

そんな新城選手は、18歳の時からロードレース競技を本格的に初め、競技を始めてわずか、10年で世界で戦える選手に成長していきました。
余談ですが、新城選手は高る事もあったそ校時代にハンドボールに熱中していてそれなりの成績も収めてきています。

また、新城選手の父親は高校で自転車部の監督をやっており、小さい頃から自転車にのって一緒に走うですが、そこまでのめり込む事はなかったそうです。
新城選手の活躍は、テレビや雑誌、インターネットなどを通じて配信されていますが、近年ますます注目度が上がってきているスポーツ選手の一人であると言えるでしょう。

新城選手の活躍を生で見たい方は、毎年10月に栃木県の宇都宮市で行われるジャパンカップという大会に出場していますので、是非足を運んでみてください。