サッカーJ2松本山雅、田中隼磨選手はチームに不可欠の存在。

サッカーJ2松本山雅はJ1昇格しましたが僅か1年で降格、翌年J1復帰を目指しましたが惜しくも3位、プレーオフで敗れ昇格のチャンスを逃してしまいました。
選手、サポーター一同今年こそと再起を目指しているところです。

そのチームの中でも田中隼磨選手の存在は大変大きいものがあります。
地元出身ではありますが名古屋グランパスから移籍して今やチーム最年長にもかかわらず、J1初挑戦のシーズンには34試合全試合、先発フル出場と言う驚異的な強さを見せてくれました。
J2降格した年には先発出場を続けていましたが6月に目の異常を訴え「右眼裂孔原性網膜剥離」と診断され選手生命の危機に陥りました。
復帰の先が見えない中、ファンやサポーターは突然のアクシデントに一時はもうサッカーは無理かもと思ったのですが、術後更新したブログで「試練と言うのは乗り越えるためにある」と力強いメッセージを書き込みました。

そしてその言葉通り順調な回復を見せ9月からは戦列復帰し最終節まで前と変わらず先発フル出場を成し遂げました。
チームは残念な結果に終わりましたが、田中選手が再びプレーできるようになった事は大きな意義があります。

シーズンオフの練習は松本山雅が一番キツイと言われるほど有名ですがその中で常に先頭を走るのが田中選手です。
年齢を持ち出したら申し訳ないくらいのタフさと強い精神力が他の選手の手本となりチームを確実にJ1へ牽引していくことでしょう。

多田修平選手は東京五輪で4番目の選手になるのか?!

ロンドン世界陸上の100mX4のリレーで第1走者を務めた多田修平選手。
日本短距離界にいきなり浮上してきた選手です。

多田修平選手は高校時代は特に目立った成績を上げておらず、大学に入ってメキメキと実力を発揮してきました。
今まで短距離界を牽引していた桐生選手が個人種目に出場できなかったのは多田修平選手の台頭があったからと言っても過言ではありません。

今年、多田修平選手は大阪陸上競技協会が主催するアメリカ合衆国遠征に参加、ジャマイカのパウエル選手と合同練習をした際にスタート姿勢や肉体改造の筋力トレーニングなどのアドバイスを受けたとのことです。

その後の多田修平選手の活躍はパウエル選手のアドバイスが影響していると言われています。

短距離は日本はまだまだ後進国です。
サニブラウン選手は今秋からフロリダにトレーニング拠点を移すとのことですが、日本チームとして考えるならば、多田修平選手や桐生選手も短期留学などを視野に入れて東京五輪に向けたトレーニングをしてほしいと思います。

多田修平選手の持ち味はスタートと言われています。ただ、後半の伸びが少し物足りない感じがするので、後半にもスピードを持続できればすごい選手になるのかもしれません。
体型的には他の選手に比べまだまだ未完成な感じがする多田修平選手、今後のトレーニング次第では日本のトップに躍り出る可能性を秘めた選手ではないでしょうか。

最大の山場を迎えることになった錦織圭選手の復活を見守りたい。

右手首負傷のため、全米オープンテニスを始め今シーズンすべての試合を休むことになった錦織圭選手。
シーズン成績上位ベスト8の選手だけが出場できるATPワールドツアー・ファイナルの4度目の出場も絶たれました。
今シーズンはメジャー大会の格下の大会でも優勝を飾ることが出来ず成績不振のシーズンでした。

イライラが募り、ラケットを叩きつける場面もあり集中力が途切れている様子が伺えました。
毎回、「錦織選手は粘り強いからきっと中盤からギアをあげてくれるはず」と期待して観戦していてもそのまま負けてしまうというパターンが続いていて見ているこちらもフレストレーションが溜まっていました。

そして、ここに来て右手首の怪我。
それも重症のようでギプスで固定をしている動画や手術も視野に入れているという報道もなされました。

現在27歳の錦織選手。
メジャー大会のタイトルを期待されながらなかなか手が届かない状態が3年ほど続いています。
30代前半のフェデラー選手やナダル選手もここ2、3シーズンは怪我のため休養していた時期もあり、また復活劇を遂げています。

錦織選手もここが踏ん張りどころではないかと推測しています。
きっちりと治療・休養してまた強い錦織選手の試合を見たいものです。

債務整理の体験者です。はっきり言ってデメリットありますよ。

私は多重債務を抱えていました。その大半がギャンブル(スロット)によるものでした。
サラ金二社から計120万円以上も債務が残っていた記憶があります。
債務整理の無料法律相談に行ってみたのですが、クレジット・サラ金の債務相談会の会場は満員の盛況?! でした。
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サニブラウン選手が世界陸上の主役だったはずなのに。。

ロンドンで行われた世界陸上、大会前からジャマイカのボルト選手がこの大会をもって引退を表明していたため、ボルト選手が良くも悪くも主役となった大会でした。
日本では、100と200mに出場したサニブラウン・アブデル・ハキーム選手が200mでファイナリストになり、盛り上がりました。

しかし、それ以上に注目を浴びたのは銅メダルを獲得した100mx4の男子リレーと、銀、銅を獲得した競歩の荒井選手と小林選手です。
結局のところ、メダルを獲得した選手が帰国後歓迎されてしまうのは仕方ないのかもしれません。

ただ、世界と互角に戦えたということであればサニブラウン選手の成績もメダルに等しいのではないかと思います。
サニブラウン選手は現在米国でトレーニングをしており、秋からフロリダ大学へ進学し、練習拠点もフロリダ州ゲインズビルに移すことを発表しています。

フロリダ大学はスポーツの名門校、世界のトップレベルの選手たちが集まっています。
高いレペルの中で練習できるのはサニブラウン選手にとってよい刺激になること間違いないでしょう。

東京五輪まであと3年、サニブラウン選手ひとりにあまり多くのプレッシャーをかけることは好ましくありませんが、桐生選手やケンブリッジ飛鳥選手などのライバルたちと切磋琢磨してレベルを上げていってほしいですね。

ユベントス所属、イタリア代表フェデリコ・ベルナルデスキ選手。

ユベントスに新たに今シーズンより加入したフェデリコ・ベルナルデスキ選手は、サイドを主戦場とする攻撃的な選手であり、若くしてイタリア代表にも選出されています。
効き足は左足で、再度であれば右も左もでき、その他にもトップ下も可能です。
セカンドトップもできると思います。

前所属は同じイタリアセリエAのフィオレンティーナで、ベルナルデスキ選手は背番号は10番でした。
フィオレンティーナからユベントスへの移籍はいつも波乱を巻き起こすことで有名です。
これは、お互いのサポーターのライバル意識が強く、フィオレンティーナからユベントスの移籍はかつてのロベルトバッジョ選手が経験しています。

ベルナルデスキ選手は、移籍後の背番号についても話題になり、誰も付けていなかったユベントスの10番を背負うのではと噂されていました。
しかし、本人の意思で33番を選びました。

ベルナルデスキ選手曰く、10番は好きだが、これは実力でつかみ取るものだとのことで、周囲が認めて初めてつけるものだという認識を持っているようです。
この点はかなり評価できると思います。

同じチームでのライバルはマンジュキッチ選手やコスタ選手になると思いますが、長いシーズンでは必ず出番がありますので、頑張ってほしいと思います。

箱根駅伝のスター・村澤明伸選手復活!北海道マラソン優勝。

東海大学時代に箱根駅伝に出場、花の2区で17人ゴボウ抜きなど、輝かしい実績を持つ、現日清食品グループの村澤明伸選手が北海道マラソンで優勝を果たしました。
大学4年の時は足の故障で予選会を欠場、チームも本選出場を逃しました。
実業団でも度重なるけがのため、今まで思うような実績を残すことができないでいました。

そんな中でも今年はびわこ毎日マラソンでマラソンデビュー、30キロまではアフリカ人選手とトップグループでレースを作る展開を作りました。
残念ながら脱水症状などで後退してしまい、ほろ苦いデビューとなってしまいましたが、個人的には、積極的に前へ行くレースを見せた村澤選手に将来性を感じました。
しかし、レース後、テレビなどで解説をしているOBや、東京五輪の日本陸連マラソン強化戦略プロジェクトとやらのお偉い方々が「がっかりした」など、村澤選手に対してマイナスなコメントを出していました。

マラソンはやはり経験が必要です。デビュー戦で苦い思いをしたことは、きっとよい経験となって今後の競技生活にきっとプラスになると思いました。
関係者はあえて厳しいことを言ったのかもしれませんが、初めてのマラソンに失敗しただけで見切りをつけるような発言をしたOB達には頭にきました。
今回も、レース中盤には時間設定があるのに積極的に前へ行かないなど苦言を呈していました。

村澤選手としては、前回の失敗を踏まえて前半は抑えるレースをしたとのこと。
これが功を奏し、トップグループ34キロ付近で追いつき、トップを奪ってそのままゴールを切りました。
優勝であれば2時間15分以内というMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)への出場タイムをクリアして、東京五輪出場のスタートラインに立つことができました。

もちろん、世界と戦うには今回のようなレースではダメ、最初から飛ばしても余力が残るような力が必要です。
本人が一番分かっていると思いますので、今後、村澤選手が故障せずに、自身の実力を発揮できるよう応援していきたいと思っています。