羽生結弦選手、オリンピックに向けて意欲!

フィギュアスケート男子の四大陸大会を終えて、羽生結弦選手の結果は銀メダルとはいえ、フリーの点数では1位という結果を残し、「いいプレ五輪になったと思っている」と平昌オリンピックへの手応えを感じた様子でした。

フリートップで今季自己ベストとなる206・67点をマーク。
合計も今季ベストの303・71点で2位に入りました。

「年々やることも大変になっている中で、自分の限界に挑戦している感覚が非常に好き。今回がたぶん一番楽しかった銀メダルだと思う」という羽生結弦選手のアスリート魂あふれる言葉に、こちらまで元気と勇気をもらえるようで嬉しくなります。

「五輪の時に自分が何本跳んでいるか、ちょっと想像がつかないです。ネーサンが『羽生結弦選手が押し上げてきた』って言われるのはうれしいけど、たぶん僕というよりみんなで切磋琢磨(せっさたくま)して押し上げてきたと思っている。

その中でも常にトップを張りたいと思っている」と、力強い言葉を残してくれました。
彼の持つ才能は、一体どこまで突き抜けていくのでしょうか。

トップを取り続けてもなお、トップで居続けるための努力を一切惜しまない精神力には、いつも尊敬してしまいます。

羽生結弦選手は、いつまでも少年のような繊細さと甘いマスクを持つ一方、力強い才能と精神力を持つギャップが、観客、なかでも女性たちの心に火をつけるのではないでしょうか。

中澤佑二選手のプロ意識

サッカーを好きな人なら一度は聞いたことが、そして見たことがあるであろうボンバーこと中澤佑二選手(元横浜F・マリノス)。
代表の主力として、2006年、2010年のW杯に臨み、2010年では日本のベスト16進出に大きく貢献。
クラブでも2004年にJリーグMVPを受賞するなど輝かしいサッカー人生を送っている。

実は中澤佑二選手がとても苦労人であることをご存知だろうか?
高校からプロ志望であったものの、高校サッカーではパッとせずにスカウトから声はかからず。

その後ブラジルに渡り経験を積むもののそれでもプロから声はかからず、高校サッカーを卒業した後もスカウトが見に来る試合では恥を忍んで後輩に混じって試合に出ていた等、大よそ世間に知られている華々しい成績とはかけ離れている。
その後、ヴェルディ川崎(当時)の練習生として参加をきっかけにプロへの階段を駆け上がり、そこからは皆様の知っている中澤佑二選手である。

そして1999年21歳でプロ契約後、2017年39歳になった今でも現役を続けている。
これは食生活から睡眠時間まで全て計算しているストイックな体調管理と日々の目標を持ったトレーニングによるものが大きい。
インタビューなどを聞いていてもベテランと呼ばれるようになった後も毎年目標を持ち、練習場でもそういったトレーニングを積んでいる。
まさに不屈の男・努力の男、中澤佑二選手であり、その姿はサッカーを志すものでなくても心を打ち尊敬に値する人物である。

ちなみに、練習を見に来たファンへのファンサービスも丁寧なことで有名。
も、上記の通りストイックな性格のため体調管理等の問題がある時はファンサービスを行わないことがあるので、中澤佑二選手を目的で練習場に行かれる方は注意。

阿部慎之助選手のホームランへのこだわり!

言わずと知れた巨人の阿部慎之助選手ですが、2017年現在の現役選手の中で最多のホームラン数を誇っていることは意外と知られていません。

サヨナラ男とまで言われた、ひと昔前のような派手な活躍は最近では影をひそめています。
しかし今シーズンは並々ならぬ決意で臨んでいるようです。

昨年のシーズン終了後から、阿部慎之助選手は打撃フォーム改造に踏み切りました。
そのきっかけとなったのは、クラマックスシリーズの最終打席でした。

一発でれば逆転サヨナラの場面で回ってきた打席で、高々と打ち上げた打球はフェンス手前で失速してしまいゲームセット。
巨人は優勝を逃してしまいました。

「ホームランだと思った打球が失速したのを感じてしまった」と阿部慎之助選手はのちに語りました。
それから若い頃のようにホームランにこだわりを持つようになったということです。
阿部慎之助選手の38歳になっても新たなことに挑戦する姿勢は尊敬に値します。

しかし実際には打撃フォーム改造がしっくり来ないまま開幕を迎えてしまったそうです。
ところが結果として、開幕戦の1打席目でなんとホームラン。
次の日も逆転サヨナラ3ランとホームランを連発しました。

野球の神様が、一生懸命な姿を見てくれていたかのような活躍でした。
「毎年何かしら新しい発見はある。」
まだまだ成長していく阿部慎之助選手から目が離せません。

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吉田麻也、主力DFの離脱により得たチャンスを生かす!

プレミアリーグの強豪サウサンプトンに所属する吉田麻也。
シーズン開幕当初はベンチ要員としてなかなか試合に出ることができなかった。
出たとしても、後半ロスタイムであったりカップ戦での格下相手の試合だったりとコンディションを保つにはなかなか難しい状況であった。

そんな中、サウサンプトンの主力DFファンダイクが怪我により離脱、フォンテはクリスタルパレスに移籍と吉田麻也にチャンスが回ってきた。
しかし、多くのメディアは吉田麻也では役不足だと代わりのDFを連れてくるように支持した。

そんな逆風を吉田麻也はプレーで見返すことになる。
吉田麻也は安定したプレーを見せ、チームの守備を支えることになる。

そんな吉田麻也をメディアは賞賛し、サウサンプトンの後半の巻き返しのキーパーソンとなった。
シーズン終盤にはキャプテンも任され、吉田麻也にとっては素晴らしいシーズンになっただろう。

本来体の小さな日本人がプレミアリーグで活躍することはとても難しい。
そんな中、結果を残すあたりはさすがだ。

しかし、これで来シーズンのレギュラーが確約されたわけでない。
ファンダイクの復帰、新たなDFの移籍など多くのチャレンジが待っているだろう。
来シーズンの吉田麻也にも今シーズンのような活躍を期待している。

ソフトバンクホークス、東浜巨選手は先発ローテーション定着へ!

昨シーズン途中から先発ローテーション入りを果たし、自己最多の9勝をあげた福岡ソフトバンクホークスの東浜巨投手。

東浜巨投手は、高校時代にはセンバツ優勝を果たし、亜細亜大学に進学後は東都大学野球リーグ新記録となる22完封を達成。

ドラフトでは3球団から指名を受け、注目と期待を一身に受けソフトバンクに入団したものの、入団から3年間は思うように勝ち星をあげられなかった。

工藤監督就任後、若手のピッチャーを対象とした工藤塾で筋力トレーニング等の体づくりを学び、4年目となる昨シーズンついに東浜巨投手の努力が実を結び始める。

東浜巨投手は、開幕ローテーションこそ逃したものの、シーズン途中から1軍に昇格すると相手チームのエースとの投げ合いを制し、エースキラーと呼ばれるまでに。

しかし、夏場を過ぎた頃から疲れが見え始め、徐々に本来のピッチングが出来なくなり終盤の大事なところで先発ローテーション落ちを喫する。

CSや日本シリーズでは中継ぎとして登板したものの、最終的にチームは優勝を逃し本人が目標としていた二桁勝利も達成することは出来なかった。

そして今キャンプにおいて、チーム内では若手投手の台頭もあり熾烈な先発争いが起こっているが、昨シーズン1軍で学んだ経験を元に、今年こそは開幕から先発ローテーション入りを果たし、最終戦まで定着してくれることを東浜巨投手に期待したい。

東京読売ジャイアンツ吉川大機選手、戦力外通告からの再起

今回、紹介させて頂くスポーツ選手はプロ野球選手、東京読売ジャイアンツの吉川大機選手です。

東京読売ジャイアンツの吉川大機選手は大阪の名門PL学園出身で名古屋の中日ドラゴンズからドラフト2位で指名され、背番号はミスタードラゴンズの背番号と言われていた3番でした。

背番号3番は以前は立浪和義選手がつけていたこともあり期待される選手がつける背番号になっていましたが、吉川大機選手は中日ドラゴンズを4年で戦力外通告を受けることになりました。

戦力外通告を受けた選手はそのままプロ野球選手を諦めるかトライアウトを受験し他球団にスカウトされる道がありますが、吉川大機選手を欲しいと東京読売ジャイアンツが吉川大機選手を獲得しました。

東京読売ジャイアンツの一員となった吉川大機選手ですがジャイアンツはスター選手が集まっている球団でありその中で生き残るのは非常に困難な道のりのはずでした。

しかし吉川大機選手は数少ないチャンスをモノにすると、バッティングや守備、代走などのありとあらゆる場面で活躍し存在感を示しました。

今となっては吉川大機選手はジャイアンツにとってなくてはならない存在になっていると感じました。

吉川大機選手は高校生の時にはバッティングに魅力を感じたのでプロの世界でも綺麗な放物線を描くホームランを是非見せていただきたいです。