角中勝也選手、千葉ロッテマリーンズの1000安打打者!

千葉県に本拠地を構える千葉ロッテマリーンズ。
千葉ロッテマリーンズは何と言ってもファンの応援が凄く、外野席はいつも活気に溢れています。
今年は不調な選手が多い為、不安な試合をしておりますがファンの応援はどの球団に比べても劣らない熱い応援です!

そんな千葉ロッテマリーンズですが、不調といえど良い選手は沢山います。
例えば若くしてキャプテンになった鈴木大地選手、今年のワールドベースボールクラシックにも選出された石川歩投手。
大ベテランの福浦選手や井口選手。

沢山の魅力ある選手が揃っておりますが、私のイチオシ選手は角中勝也選手です!
角中勝也選手は、本当に何を考えているのかわからないあの性格なので、ブログもさる事ながらヒーローインタビューはもう笑いの渦になります!
キャプテンの事をチョコチップマンと呼んだり(黒子が多い為)。
ネーミングセンスにも注目です!

ですが、角中勝也選手が面白いのは中身だけではありません。
何よりも去年の首位打者ですからバッティングは本当に素晴らしいものだと思います。
角中勝也選手は、人が中々打てないだろうなというポイントを大得意とし、逆にストレートが不調になるというこれまたよく分からない打者です。

ピッチャーがココは打てないだろうと攻めてきても、なんのその!
逆に角中勝也選手の得意コースでした!という事ばかりです。
今年は不調のようですがバッティングに期待が持てる面白い選手です!

梶谷隆幸、横浜Denaベイスターズの蒼い韋駄天!

プロ野球、横浜Denaベイスターズの中心選手として欠かせないのが梶谷隆幸選手です。
主にライトを守り、その俊足を生かして幅広い守備範囲を誇っています。

梶谷隆幸選手は、その足の速さは攻撃でも生かされ、チームでも屈指の盗塁数を誇る、攻守に渡ってチームをけん引する選手です。

今シーズンはバッティングも好調で、開幕以来不振にあえいでいる筒香選手の代わりと言わんばかりに、ホームランを量産しています。

横浜Denaベイスターズのバッターといえば筒香選手のイメ―ジが強いですが、梶谷隆幸選手も打球の飛距離では決して引けをとらず、彼独特のアッパースイングで場外ホームランも放っています。
もともとパワーのある選手でしたが、今年は大事な場面でヒットやホームランを打つ場面が多く、先日の試合では起死回生の同点満塁ホームランを記録しました。

このままのペースで行ければホームラン王やトリプルスリーも見えてくる可能性があるため、怪我だけには注意してシーズン通しての梶谷隆幸選手の活躍を期待しています。

昨年、ペナントレースを3位で終え、球団初のクライマックスシリーズ進出を果たした横浜Denaベイスターズ。
今シーズンはさらなる飛躍を目指すチームにとって、梶谷隆幸選手はなくてはならない存在といえます。

羽生結弦選手、トリプルアクセルが武器のフィギュア界の王子様

1994年生まれの羽生結弦選手は、男子シングルのフィギュアスケート選手です。
”ゆづ”という愛称で、全国民に愛されている存在でもあります。

羽生結弦選手は、ソチオリンピック、世界選手権、全日本選手権などで優勝をしており、数々の記録を残しています。

トータルスコアで300点以上の高得点をたたき出すという偉業も成し遂げています。
これまでの世界歴代最高得点を大幅に上回って塗り替えたのです。

更には、羽生結弦選手はグランプリファイナルにおいては4連覇を果たすなどしており、その躍進はもはや誰にも止めることはできないと言って良いでしょう。

元々、フィギュアスケートをはじめたキッカケというのが、2歳の頃から患っていた喘息の克服でした。
今ではその症状も、投薬や鍼治療によって改善されています。

羽生結弦選手は、プロフィギュアスケーターである荒川静香氏を尊敬しており、彼女の代名詞的存在とも言える技”レイバック・イナバウワー”を、演技に積極的に取り入れています。
これは、彼女への尊敬の気持ちを表現していると言われています。

テレビ番組やCM、映画など様々な分野にも挑戦しており、幅広く活躍しており、ファンも多い選手です。
羽生結弦選手は、常に自分に厳しく、そして夢を与えてくれる日本の誇りと言えます。

三原舞依選手の成長

フィギュアスケートの2016/2017シーズン、一番大きな変貌を遂げた選手と言えば、三原舞依選手ではないでしょうか。
それは今季の女子フィギュアスケート界が、大きな変換期を迎えたからだと思っています。

昨シーズン、三原舞依選手は初のジュニアグランプリファイナルへ出場、6位となった帰国後、若年性特発性関節炎(若年性リウマチ)のため、入院治療を余儀なくされます。

約半年にものぼる闘病生活の間は、もちろんスケートすることもできずに、病室のベッドで試合を見ることもあったそうです。
退院後は治療を続けながら競技に復帰し、現在も再発のリスクを背負いながらのも現役選手として活躍しているのです。

三原舞依選手は今シーズンからシニアに本格参戦しました。
初戦のネーベルホルン杯で優勝すると、初参戦のグランプリシリーズアメリカ大会で3位となり銅メダルを獲得、続く中国杯では4位となります。

三原舞依選手は、その後の全日本選手権では初の表彰台で3位となり、四大陸選手権と世界選手権への出場を獲得します。
難病を乗り越えスケートできる喜びを、何も失うもののないシニアの舞台でのびのびと楽しんでいるように見えました。

年が明けてシーズン後半、四大陸選手権でも三原舞依選手の勢いは衰えません。
ショートプログラム4位から、フリーではパーソナルベストで逆転、国際大会初優勝を飾ります。

この四大陸選手権では、日本のエース宮原知子選手が骨折による怪我で欠場しますが、この時点ではまだ世界選手権の出場は予定されていました。
しかしその後怪我の回復が思わしくなく、世界選手権への出場を断念することになります。

今季の世界選手権は、来季のオリンピック出場枠をかけた特別な大会でした。
日本女子は3人出場となっていたので、上位2人の合計順位で出場枠が決定します。

そこで絶対的な安定を誇っていたエースの宮原選手が欠場となり、一気に出場選手たちにオリンピック出場枠のプレッシャーがのしかかってきたのです。
三原舞依選手と同じく今季シニアデビューした樋口新葉選手、宮原選手の欠場により急遽出場となった本郷理華選手、この3人で世界選手権に臨むこととなったのです。

今季の実績や安定感などからも、三原舞依選手への注目度も上がってきました。
そしてこれまで感じたことのないプレッシャーの中、三原舞依選手はショートプログラムでジャンプをミスし15位と出遅れていまします。

試合後は涙を流しながらもインタビューに答え、フリーの抽選会ではコーチに寄り添われながらも、流れる涙を止めることができずにいました。

しかし、フリーでは見事にプレッシャーを跳ね除け、四大陸選手権でのパーソナルベストをさらに更新し4位、総合で5位となり、オリンピック出場2枠獲得に貢献しました。

今季最後の国別対抗戦では、ショート、フリープログラムともにノーミスの演技で、今季3度目のパーソナルベストを更新し、日本チーム優勝に大きく貢献することとなるのです。

今季、シニアに参戦したばかりの三原舞依選手が、シーズン後半には日本のエースとしてオリンピック枠獲得を託される選手にまで成長したのです。

シーズンを通じてこんなにも立場が大きく変わった選手もまれだと思います。
そしてその期待に見事に応えてくれたと思っています。

三原舞依選手はいつもインタビューで「スケート出来る事、家族や支えてくれる全ての人に感謝して、その喜びを忘れずに滑りたい」と語っています。
感謝を忘れない人はいざという時に強さを発揮できる人だと感じています。

今季は浅田真央さん、村上佳奈子さんの引退表明もあり、激動のシーズンとなりました。
来年の平昌オリンピック2枠をかけての戦いがはじまりますが、三原舞依選手ならきっと感謝の気持ちと共に夢を叶えてくれると信じています。

羽生結弦選手、オリンピックに向けて意欲!

フィギュアスケート男子の四大陸大会を終えて、羽生結弦選手の結果は銀メダルとはいえ、フリーの点数では1位という結果を残し、「いいプレ五輪になったと思っている」と平昌オリンピックへの手応えを感じた様子でした。

フリートップで今季自己ベストとなる206・67点をマーク。
合計も今季ベストの303・71点で2位に入りました。

「年々やることも大変になっている中で、自分の限界に挑戦している感覚が非常に好き。今回がたぶん一番楽しかった銀メダルだと思う」という羽生結弦選手のアスリート魂あふれる言葉に、こちらまで元気と勇気をもらえるようで嬉しくなります。

「五輪の時に自分が何本跳んでいるか、ちょっと想像がつかないです。ネーサンが『羽生結弦選手が押し上げてきた』って言われるのはうれしいけど、たぶん僕というよりみんなで切磋琢磨(せっさたくま)して押し上げてきたと思っている。

その中でも常にトップを張りたいと思っている」と、力強い言葉を残してくれました。
彼の持つ才能は、一体どこまで突き抜けていくのでしょうか。

トップを取り続けてもなお、トップで居続けるための努力を一切惜しまない精神力には、いつも尊敬してしまいます。

羽生結弦選手は、いつまでも少年のような繊細さと甘いマスクを持つ一方、力強い才能と精神力を持つギャップが、観客、なかでも女性たちの心に火をつけるのではないでしょうか。

中澤佑二選手のプロ意識

サッカーを好きな人なら一度は聞いたことが、そして見たことがあるであろうボンバーこと中澤佑二選手(元横浜F・マリノス)。
代表の主力として、2006年、2010年のW杯に臨み、2010年では日本のベスト16進出に大きく貢献。
クラブでも2004年にJリーグMVPを受賞するなど輝かしいサッカー人生を送っている。

実は中澤佑二選手がとても苦労人であることをご存知だろうか?
高校からプロ志望であったものの、高校サッカーではパッとせずにスカウトから声はかからず。

その後ブラジルに渡り経験を積むもののそれでもプロから声はかからず、高校サッカーを卒業した後もスカウトが見に来る試合では恥を忍んで後輩に混じって試合に出ていた等、大よそ世間に知られている華々しい成績とはかけ離れている。
その後、ヴェルディ川崎(当時)の練習生として参加をきっかけにプロへの階段を駆け上がり、そこからは皆様の知っている中澤佑二選手である。

そして1999年21歳でプロ契約後、2017年39歳になった今でも現役を続けている。
これは食生活から睡眠時間まで全て計算しているストイックな体調管理と日々の目標を持ったトレーニングによるものが大きい。
インタビューなどを聞いていてもベテランと呼ばれるようになった後も毎年目標を持ち、練習場でもそういったトレーニングを積んでいる。
まさに不屈の男・努力の男、中澤佑二選手であり、その姿はサッカーを志すものでなくても心を打ち尊敬に値する人物である。

ちなみに、練習を見に来たファンへのファンサービスも丁寧なことで有名。
も、上記の通りストイックな性格のため体調管理等の問題がある時はファンサービスを行わないことがあるので、中澤佑二選手を目的で練習場に行かれる方は注意。

阿部慎之助選手のホームランへのこだわり!

言わずと知れた巨人の阿部慎之助選手ですが、2017年現在の現役選手の中で最多のホームラン数を誇っていることは意外と知られていません。

サヨナラ男とまで言われた、ひと昔前のような派手な活躍は最近では影をひそめています。
しかし今シーズンは並々ならぬ決意で臨んでいるようです。

昨年のシーズン終了後から、阿部慎之助選手は打撃フォーム改造に踏み切りました。
そのきっかけとなったのは、クラマックスシリーズの最終打席でした。

一発でれば逆転サヨナラの場面で回ってきた打席で、高々と打ち上げた打球はフェンス手前で失速してしまいゲームセット。
巨人は優勝を逃してしまいました。

「ホームランだと思った打球が失速したのを感じてしまった」と阿部慎之助選手はのちに語りました。
それから若い頃のようにホームランにこだわりを持つようになったということです。
阿部慎之助選手の38歳になっても新たなことに挑戦する姿勢は尊敬に値します。

しかし実際には打撃フォーム改造がしっくり来ないまま開幕を迎えてしまったそうです。
ところが結果として、開幕戦の1打席目でなんとホームラン。
次の日も逆転サヨナラ3ランとホームランを連発しました。

野球の神様が、一生懸命な姿を見てくれていたかのような活躍でした。
「毎年何かしら新しい発見はある。」
まだまだ成長していく阿部慎之助選手から目が離せません。