錦織圭の凄さとは?

錦織圭は、島根県松江市出身。
1989年生まれのプロテニス選手です。
世界ランキングは自己最高で4位であり、アジア男子歴代最高位でもあります。
日本男子が10位以内に入るというのは、前代未聞の快挙でもあります。

錦織圭が、テニスラケットを初めて手にしたのは、5歳の時でした。
父親と姉と共に、公園でボールを打つことから始めました。
その2か月後からは、テニスコートに通うようになりました。
この時から、未来のメダリスト錦織圭としての道が切り拓かれていたと言っても良いかもしれません。

ウィルソンのラケットを使い始めたのは、錦織圭が10歳の時でした。
この年齢では異例とも言える用具提供契約も交わしています。

デルレイビーチ国際テニス選手権において優勝したのは、18歳という若さでした。
若くして、多くの偉業を成し遂げており、幅広い年代の方にファンが存在しています。

2009年にはケガに見舞われ、ランキングを失ってしまったこともありましたが、見事に復帰を果たし、ランキングも回復しています。
2016年のリオオリンピックにおいては、銅メダルを獲得しています。
日本を代表するトップテニスプレイヤーである錦織圭は、今後の活躍も大いに期待されている人物です。

近藤健介選手は初の4割打者になれるのか?!

昨年の日本シリーズ覇者、日本ハムは大谷翔平選手など主力選手の故障が相次ぎ、現在パリーグの順位は4位対と苦戦をしいられています。
そんな中、近藤健介選手が一人奮闘し、4割を超える高打率をマーク、2位の内川聖一(ソフトバンク)に7分大差をつけて首位打者を独走しています。

メディアでは、まだ残り試合が100試合弱あるというに、夢の4割打者誕生と騒ぎ立ています。
長いプロ野球の歴史の中で、4割打者は誕生していないため、期待してしまうのはわからないでもないです。

今は、近藤健介選手本人もさほどプレッシャーを感じではいないでしょう。
でも、シーズン終盤まで4割をキープできていたら、メディアはもっと騒ぎ立て、自分のプレーができなくなるのではと心配です。

また、現在、近藤健介選手は大谷選手がケガで休養しているため、DHで打席に立っています。
大谷選手が戻ってきたら、どこのポジションを守るのか?
もちろん、近藤健介選手は外野、内野、捕手までこなすオールラウンドプレイヤーですが、そうなると現在そのポジションの選手との戦いもあります。

大谷選手が戻る前に、セパ交流戦が始まり、ビジターの試合ではDHがないため、やはり打席に立つには守備につかなければいけません。
打率をキープしていても、規定打席に達していなければ4割はおろか、首位打者争いもすることができなくなります。

近藤健介選手には、試合に出ることと、弱点の左打者への対応を磨き、まずは首位打者を目指してほしいです。
その前にファンとしては、チームを上位に押し上げてほしいですけどね。

ポール・ポグバ、マンチェスターユナイテッド所属、フランス代表

現在イングランドプレミアリーグのマンチェスターユナイテッド(以下マンU)に所属するポール・ポグバは、若いころから才能を持った選手でしたが、マンUでは出番がなく、イタリアの名門ユベントスへ移籍金0で移籍しました。
しかし移籍後はすさまじい勢いで成長を遂げ、あっという間に名門のレギュラーになり、チームにとって欠かせない存在になりました。

ポール・ポグバの持ち味は高いキープ力とパス制度、そしてなんといっても強烈なミドルシュートです。
両足を使うことができ、こぼれ球や浮き球に積極的に足を振りぬき、何度となくミドルシュートを決めていました。

その活躍から、世界中の名門から注目され、スペインのバルセロナ・レアマドリードや、古巣のマンUからの関心も寄せられました。
当初はユベントスの後はバルセロナへの移籍が確実といわれていましたが、結局、ポール・ポグバはマンUに戻ることになります。

その時の移籍金は日本円で100億を軽く超え、数年前移籍金0でイタリアへ行った選手を100億かけて取り戻したマンUは、当時何を考えているのかとかなり批判されていました。
ポール・ポグバはフランス代表でも既に中心選手で、ワールドカップやユーロでも大活躍し、今や世界の中でトップレベルの選手といえます。

鳥谷敬の強靭さの礎とは一体何なのか?

2017年の4月19日、連続試合出場記録を1767試合で歴代単独の2位になった阪神タイガースの三塁手、鳥谷敬。
今年、もう一つの大偉業である2000本安打にも挑戦している彼の強靭さとは一体何なのかを検証したいと思います。

鳥谷敬の最大の強さは肉体の強さにあると言われているように、彼はベテランと呼ばれる年令になっても誰よりも真剣に練習に取り組んでいます。
毎日の全体トレーニングに加え個人練習の筋肉トレーニングや走り込みは、同チームの若手選手が肝を潰す程の過酷さだと言います。

この2004年のプロ入りから十数年に渡るトレーニングの積み重ねが、怪我に強い彼の礎を築いたのは間違いがありません。
しかし、私は彼の強さは肉体よりも精神力にあると考えています。

今でこそ鳥谷敬は阪神タイガースのチームキャプテンのみならず、選手会長まで経験した日本野球界のスーパースターですが入団当初は苦労の連続でした。
大学生時代の輝かしい実績から期待過剰になったファンやマスコミからのバッシングの中で、彼は顔色を変えることもなく黙々と打席に立ち、阪神タイガースのショートのポジションを守り続けたのです。

活躍をしても浮かれず、批判されても動じない姿から彼をクールな性格だと思う人が多いのですが、実は鳥谷敬は熱い男でもあるのです。
『お金で自分の将来を決めたくない。そんな人間だと思われることが一番嫌だ』
プロ入り前、複数球団が彼の獲得を目指していたなかで彼が発した言葉です。

セオ・ウォルコット選手、アーセナル所属のイングランド代表

アーセナル所属のセオ・ウォルコット選手は、イングランド代表のFWですが、その特徴はなんといってもスピードにあります。
主なポジションは右サイドで、スピードを生かしたドリブルが最大の持ち味です。

今でも衝撃だったのは、当時、セオ・ウォルコット選手が17歳でW杯のメンバーに召集されたことです。
出番はなかったものの、将来性を買われての選出だったと思い、数年後スーパースターになっていると誰もが思っていました。

しかしその後、セオ・ウォルコット選手は伸び悩みます。
スピードはあるけれどテクニックがなく、相手を置き去りにできず、OBからも「サッカースパイクを履いた陸上選手」とまで言われてしまいます。

クラブではアーセナルのレジェンドであるもとフランス代表のアンリ選手のつけていた14番を引き継ぎますが、彼ほどのインパクトは残せずにいます。
セオ・ウォルコット選手は怪我も多く、毎年のように放出候補に挙がりますが、それでもアーセナルに残り続けます。

最近ではポジションを1時期真ん中よりの位置に移しますが、やはりその後はいつものポジションに戻っています。
セオ・ウォルコット選手は、シーズンの一定期間だけか活躍し、今年こそやってくれると思いきや急に調子を落としてしまうことがあるので、1シーズン通しての活躍が期待されます。

柳田悠岐選手、異色の大砲

トリプルスリーを達成した柳田悠岐選手。
俊足強肩はもちろんのことですが、柳田悠岐選手の魅力はなんといっても豪快な打撃にあるでしょう。

全球狙ってるかのようなフルスイング。
投手からしたら威圧感の塊だと思います。

ミスターホークスでおなじみの門田博光さんは以前こんなことを言っていました「ホームランは狙って打つもんや」と。
しかし、それに対し当時ホークスの監督だった野村克也さんは「ヒットの延長がホームランや」と語っています。

確かに、柳田悠岐選手を除く、歴代トリプルスリー達成者は、あまり狙ってホームランを打たない、山田選手や松井稼頭央選手、金本選手などヒットの延長上のようなホームランを打つ人が多いです。
おそらくですが、細身で足の速い選手は意識してホームランを打つのではなく、ミート打ちのおまけでスタンドの前列に叩き込むような理論を持っているのかと思います。

元巨人の堀内監督は「外野フライのような打球が前列に入るより、特大ホームランを打たれる方がダメージが大きいんですよ」と語っていました。
そう考えると、走れて守れる上に、バックスクリーンを破壊するほどの特大弾を放ち、その上アベレージまできっちり残す柳田悠岐選手はただものでないことが分かります。