トニー・バーネット投手、元ヤクルトスワローズ

ヤクルトからポスティング・システムを使ってメジャーへの移籍を目指しているバーネット投手に、8球団が譲渡金50万ドルに応じる姿勢を見せているそうだ。

バーネット投手の好意としか言えないこのシステムを使っての移籍なのでぜひとも成功してほしいと思っていましたが、8球団もの球団が話に乗りそうだとのことで嬉しく思っています。

球団としても戦力ダウンには違いないですが、お金を置いていってくれるというのですから、ありがたいに違いありません。

打者とは違い投手なら日本での成績は信用の置けるものだと思っていますので、メジャーへ行っても活躍してくれると確信しています。

性格上切れてしまう面があるところは心配ですが、言葉の壁が無い分そういうところが解消されればいいのですけどね。

たまに日本に後ろ足で砂をかけていく酷い外国人もいますが、バーネット投手のような選手はそれ以上にいないと言えるでしょう。

そういった選手はやはり応援していきたいですし活躍を願いたいですね。

バーネット投手は年齢面でもそこまで長い野球人生は残っていないと思いますが、なるべく長めにメジャーでがんばってきてほしいものです。

その上で最後はまた戻ってきてくれれば最高でしょうが、さすがにそこまでは望めませんかね。

三浦銀二投手、元福岡大大濠高校

第89回選抜高校野球で一躍脚光を浴びた福岡大大濠高校のエース三浦銀二投手。
今大会の福岡大大濠は、3月21日に予定されていた初戦の創志学園(岡山)戦が雨天順延、今から考えればこれが後の激動を暗示していたのかもしれません。

創志学園に9本のヒットを許したものの、失点3自責点2に抑え、味方の援護もあって6-3で勝利しました。
安定した投球フォームから制球の効いた投球。
質の高いピッチングに注目が集まりました。

2回戦は初戦の4日後に滋賀学園と対戦。
立ち上がりをつかれ、滋賀学園に1点許しますが、その後は安定した投球を続けます。
8回表に味方が1点返して同点になると、9回で決着がつかずに試合は延長へ。

延長になっても両チーム得点できず、とうとう延長15回になります。
15回裏滋賀学園は先頭バッターがヒットで出塁し、バントで送って1死2塁と三浦銀二投手を攻め立てます。
滋賀学園サヨナラのチャンスでしたが、三浦銀二投手は落ち着いて後続二人を打ち取り、試合は引き分け。
再試合になりました。

当初翌日の第4試合に予定された再試合でしたが、続いて行われた健大高崎(群馬)-福井工大福井の試合も延長15回引き分け再試合になるという珍事になったため、一日置いて翌々日に再試合2試合が組み込まれました。
一人で196球を投げ切った三浦銀二投手に対し、二人の投手でまかなった滋賀学園。
ここまでピッチャーは三浦銀二投手で戦ってきた福岡大大濠にとって、一日の休養が吉と出のか。

そして再試合では、失点はしますが、1点ずつ3点にとどめます。
味方の援護に助けられ、とうとう130球完投し、5-3で勝利します。
1回戦149球、2回戦延長15回196球、再試合130球、7日間3試合で475球の熱投です。

報徳学園(兵庫)との準々決勝は、その翌日行われました。
福岡大大濠の八木監督は、その日の朝まで三浦銀二投手の起用について決めかねていたようです。
三浦銀二投手自身もトレーナーも登板は可能との判断でした。
しかし、八木監督の下した結論は、三浦銀二投手を起用しないことでした。

八木監督は、優勝するためにはとの逆算で、三浦の登板を見送りました。
また三浦銀二投手なしに戦うことで、チームとして成長できるとの見方もあったようです。

1回裏いきなりピンチを迎え、早くも二番手投手を起用するはめになります。
ここで三浦銀二投手がブルペンに向かいますが、八木監督が三浦銀二投手を制します。

7回裏リードを許す中、業を煮やした三浦銀二投手が再びブルペンに向かいます。
今度は八木監督も止めませんでした。
しかし、結局三浦銀二投手の登板はなく、福岡大大濠は3-8で敗れました。

夏であったら三浦銀二投手は登板していたかもしれません。
しかし、今回は春。
まだ夏がありますし、無理して怪我でもしたら元も子もなくなります。
この試合を経験して、福岡大大濠は間違いなく成長したと思いますし、チームとしての課題もはっきりしたと思います。

福岡大大濠がこれからどんなチームになっていくのか非常に楽しみですし、三浦銀二投手がどのような投手になっていくのか非常に楽しみです。

凄かったプロ野球の投手達

2016年のシーズンで日本ハムの大谷翔平投手がスピードガン日本記録を更新しました。
大谷翔平投手の記録を見て私が過去に見てきたプロ野球の投手達の事を思い出しました。

スピードガンのなかった時代で一番印象に残っているのが当時の阪急ブレーブスの山口高志投手です。
小さい体ながら全身ばねのような感じで大きく振りかぶって全身を使って投げるタイプでした。

オールスター戦で初めて見たときは驚きました。セ・リーグのバッター達があまりの速さに苦笑いしていました。
投げた瞬間ミットに収まるような球道でした。
ストレートしか投げなかったように覚えています。

次は中日VSロッテの日本シリーズで見たロッテの村田兆治投手でした。
村田投手はリリーフで登板しました。
当時は全盛期で交流戦なども無い時代ですから、中日の打者も初めてだったと思います。

先発でなくリリーフだったため村田投手も全力だったと思います。
とにかく速かったです。
中日の打者が振り遅れてバットに当たるような感じがしませんでした。
それくらい力の差を見せつけた投球でした。

最後に大リーグです。
カリフォルニアエンゼルス時代のノーラン・ライアン投手です。
雑誌や記事では知っていましたが、当時は今のように動画が簡単に見れる時代ではありませんでした。

初めて見たのはWOWWOW放送が始まってからだと思います。
この時はアストロズだったと覚えていますがすでにピークを過ぎていました。

その後全盛時のエンゼルス時代の投球を見ることができました。
左足を折り突き上げかぶせるように投げる速球はピンポン玉のようにホップしてミットを直撃します。
これは打てないと思いました。

大谷翔平投手で話題になっていますが、過去には凄い投手がいました。
そんな投手たちが今は動画サイトで検索すれば当時の映像が簡単に見れる時代になりました。

張本智和選手が水谷選手を圧倒

ドイツのデュッセルドルフで行われている世界卓球の男子シングルスで番狂わせがありました。
日本のエース水谷隼選手と2回戦で対戦した、日本チーム最年少の13歳・張本智和選手が、水谷選手を圧倒して勝利、3回戦へ駒を進めました。

水谷選手はリオ五輪の銅メダリスト、まさか張本智和選手が勝つと誰が想像したでしょう。
この対戦はテレビでは放送されておらず、ニコニコ動画などを見ている視聴者がSNSに書き込みする情報だけが頼りになっていました。

張本智和選手が3セット先取したという情報を見ても、勝ちを意識してしまえば百戦錬磨の水谷選手が逆転するのではないかと思っていました。
4セット目は水谷選手が取り、ここから反撃かと思っていたら、5セット目も張本智和選手が取って勝利してしまいました。

水谷選手が腕を痛めているという情報もあったので、本調子ではなかったのかもしれませんが、それにしても張本智和選手の将来が楽しみになってきました。
張本智和選手は両親が中国の卓球選手、2歳から卓球を初め、英才教育を受けてきました。

今大会は史上最年少で日本代表に選出され、どれくらいやれるんだろうと思っていましたが、想像以上の活躍です。
女子は平野美宇、伊藤美誠選手など若手の躍進が目立っていましたが、男子でも張本智和選手が頭角を現し、東京五輪では世界の頂点に立てるのではないかと期待させる選手です。
これからもけがなく順調に成長してほしいと思っています。

上場雄也、松戸レガロ所属のビーチバレーボール選手

上場雄也は、2010年にVチャレンジリーグの選手の中で唯一、全日本代表登録メンバーに選出された選手です。
高校では無名の松戸六実高校出身。
当時在籍したつくばユナイテッドを退団して、プレミアムリーグであるFC東京に移籍しました。

駒沢スマイルバレーボール教室(FCバレーボール普及スタッフ)にも参加し、一般の家庭婦人などを対象にしたスクールでの指導などもしていましたが、当時のFT東京の坂本将康監督との相性が悪く、あまり起用されないという不満を上場雄也選手は持っていました。

サウスポー選手で全日本代表選手に選出されながらも、フランスのゾボレビー・ガブリエル選手がオポジットとして起用され、リザーブに回されることに不満を持ち2012年にはFC東京を退団。
その後、上場雄也選手は、2013年ワールドリーグでは全日本代表メンバーに選出されるも、所属チームがなかったという珍しい状態でした。

自分の力を信じて、2013年には出身地である松戸を拠点とする千葉ゼルバから声がかかり、上場雄也は、監督兼選手としても、チャレンジリーグに参加していました。
FCを退団した2012年に、ビーチバレーに転向をして長谷川徳海選手と組み、リオオリンピックを目指し、Team Y2として活動。

インドアで国際大会を経験し、2013年にはビーチバレー強化指定選手となり、2014年には日本ビーチバレーボールランキング2位と駆け上ってきた選手です。
上場雄也は、自分の可能性を信じて活動している選手なので、今後のプレイに期待したいです。

宮里藍選手、女子ゴルフ界スターの引退

宮里藍選手は、女子プロゴルフ界の顔であり、1時期世界ランキング1位になるなど華やかな活躍をしていました。
近年は3日間または4日間のツアーの中で1日だけはスコアはよいがその他の日はなかなか安定しないという試合が続いていたので気になっていました。

体が小柄なので、第1ショットのドライブの飛距離では大柄な外国人に勝てない宮里藍選手の武器は、グリーン上のパターでした。
移動中に飛行機の中でそのパターが微妙に曲がってしまってから調子を崩してしまい、球を打てない状態(イップス)にもなってしまうほどの大スランプを味わったようです。

宮里藍選手の兄二人もゴルフ選手ですが、宮里藍選手のように優勝を重ねるような選手ではありませんでした。
しかし宮里優作選手がこのところ調子がよく、優勝回数も増やしています。
今回の引退発表は兄弟のなかで一番注目されてきた宮里藍選手が、このことで肩の荷が下りたもその理由かもしれません。

今回は引退すると言っていますが、テニス界の伊達公子選手のように再び戻ってくるかもしれません。
一旦ゴルフツアーから離れて、自分を見つめ直すいい機会だと思います。

あのタイガー・ウッズさえも苦しむほどのゴルフ競技は、メンタル面を保つのが非常に難しい競技のようです。
メンタル面を鍛えるというより、ゆっくり癒してから競技に戻ってくれたら1人のファンとしても嬉しいです。