時代を変えた男、レインメーカーことオカダカズチカ。

昭和の男達を魅了したスポーツ。
プロレス。
その中でも新日本プロレスの、オカダカズチカについて書いていこうと思います。

まず、新日本プロレスの歴史から、1972年1月13日にアントニオ猪木によって旗揚げされたプロレス団体で今やプロレス団体で1.2を争う団体です。
昭和では、テレビもゴールデンタイムで放送されていて、1963年には、デストロイヤー対力道山の対決が視聴率64%という大きな数字を残しました。

しかし、昭和後期から平成に入りプロレス人気は、どんどん下がっていき、ゴールデンタイムで放送されていたプロレス番組も深夜枠に追いやられてしまう形になっていきました。
そんな、プロレス不振期に1人の男が活躍する。
どんなに観客が入っていなくても自分のスタイルを貫き、チームメイトが団体から離れても団体を支えてきた男がいた。

彼の名前は、100年に1人の天才、新日本のエースとまで呼ばれた、棚橋弘至選手である。
彼は、IWGPヘビー級王者を、最多連続防衛記録である11回防衛したほどの男である。
そんな彼の愚直までもプロレス愛に団体は、支えられていたのであろう。

そんなある日、棚橋弘至の前に1人のアメリカ帰りの男がIWGPヘビー級に挑戦した。
オカダカズチカである。
新日本に入り、アメリカへの無期限プロレス留学に向かっていたオカダカズチカは、帰国早々に棚橋弘至に挑戦した。
会場では、棚橋コールが鳴り止まない。
圧倒的不利な状況、圧倒的不利な相手に対しオカダカズチカは、棚橋弘至を倒した。

これが歴史を変えた男の初めの試合であった。
オカダカズチカの活躍もまた、新日本プロレスを支えているのであろう。
今日もどこかでカネの雨が降っている。
オカダカズチカは、これからの新日本プロレスを輝かせてくれるであろう。