セレッソ大阪の清武弘嗣になる日がこんなに早く来るとは!

2017年、清武弘嗣がセレッソ大阪に戻る。
セレッソ大阪のファンである私がこのニュースを聞いた時、嬉しさよりも驚きの方が大きかった。

まさか、こんなことが起きるなんて。
清武弘嗣は移籍先にセレッソ大阪を希望し、クラブはその想いに応えた。

ファンとしては、清武弘嗣がセレッソ大阪に戻りたいと言ってくれたのが何よりもうれしい。
ニュースによると、移籍金の高さがネックとなり交渉は難航したそうだが、セレッソ大阪がスポンサー企業などの資金援助により、移籍が実現したそうだ。
セレッソ大阪はこの移籍金のせいで、今年度の赤字は免れられないらしい。

当然、清武弘嗣はそのあたりの事情も知っているだろうから、今シーズン彼が背負うプレッシャーは半端ないものだと想像される。
「何としても結果を出さねばならない」という彼の思いが、シーズン前のキャンプで彼に無理をさせたのだろうか。
右脚に張りを感じて、シーズン最初の2試合を欠場することになった。

まだ完璧な状態ではなかったと思われるが、その後の試合での彼のパフォーマンスは素晴らしかった。
今後コンディションが上がれば、さらに良いプレーをしてくれるだろう。

プレーすることに飢えた清武弘嗣が、セレッソ大阪で、そして日本代表で、大暴れしてくれることを私は期待している。

北海道コンサドーレ札幌、宮吉拓実が輝きを取り戻す日は来るのか?

かつて京都の至宝と呼ばれた宮吉拓実を記憶しておられるでしょうか?
2008年に16歳1カ月14日と言う当時Jリーグ史上2番目に若いデビューを果たした男です。

宮吉拓実は当時、日本初のエレベータークラブと揶揄されていた京都サンガの期待の星で、京都ユースの最高傑作と囁かれていました。
実際デビュー戦でも鋭いスルーパスを出すなどその才能の片りんを見せており、2009年に17歳でゴールも決めています。

宮吉拓実は小柄な体ながらも、相手ディフェンダーとの駆け引きが上手く、スルスルと突破する姿は当時の京都サンガのエース柳沢敦にそっくりでした。
実際、エースの柳沢が抜けた後は2011年シーズンから柳沢の番号13番を背負い京都のエースとしてゴールを積み重ねます。

2011年には7ゴール、翌2012年には11ゴールをあげ、宮吉拓実は若手ながらチームをけん引しますが、あと一歩の所でJ1昇格がならずJ2での日々が続きます。
そのJ2での日々が悪影響を与えたのか京都の至宝宮吉は、2013年シーズンからゴール数を落としてゆきついに富山へのレンタル移籍が決まりました。

1年半に及ぶ富山でのプレーの後、古巣京都に戻りますが結果を出せず、2016年にはJ1サンフレッチェ広島へと移籍することになりました。
くしくも彼を育てた京都と同じ紫のユニホームを纏いながら、広島の地で奮闘しています。

京都の至宝宮吉はただの早熟選手だったと評価するサポーターも多いですが、彼もまだまだ24歳で成長が見込める選手です。
広島の地でかつての輝きを取り戻し、いつの日か自分が育った西京極のスタジアムで京都の紫のユニホームを着て、Jリーグの頂に立つ宮吉拓実を見せてほしい。
多くの京都サポーターがこれが京都の至宝だと!西京極で声を高らかに上げる声をいつかかならずもう一度聞かせてくれるでしょう。

※2018年、宮吉拓実選手は北海道コンサドーレ札幌に移籍しました。

福岡ソフトバンクホークス、上林誠知選手の覚醒!

今シーズン、ホークスファンにとって嬉しい誤算が起きた。
それは上林誠知選手の台頭だ。

上林誠知選手は、今年が高卒4年目。
もともと、甲子園でも活躍した選手であり、多くの期待をかけられてホークスに入団してきた。

ホークスは12球団でも層が厚いチームであり若手の台頭はなかなか起きないが、今年は上林誠知選手が台頭してきた。
2年目だった、一昨年上林誠知選手は鮮烈なデビューを飾った。

プロ初ホームランが満塁ホームランというド派手なものだった。
活躍が期待された、昨年は上林誠知選手にとって悔しいシーズンだったに違いない。

開幕一軍で迎えたものの怪我や不調に泣かされほとんど活躍できなかった。
今年はそう行った意味でも勝負の年だったに違いない。
そんな今シーズンは、ここまでほとんどの試合をスタメンで出場している。

また、打率も3割弱、ホームランもたくさん打ち大活躍している。
特に印象的だったのは、ゴールデンウィークのライオンズ戦である。
2試合で3本塁打10打点の大暴れ。当時不調であったチームの起爆剤として大きな役割を果たした。

ホークスは優勝を至上命令とされているチームである。
そんなホークスでレギュラーを張ることは上林誠知選手にとっても自信になるだろう。
今後の活躍を期待せざるおえない。

三浦知良選手、現在は横浜FCに所属、FWで、背番号11番

日本におけるサッカー選手と言えば、三浦知良選手だと思います。
現在50歳ですが現役のサッカー選手です。
現役選手としては世界最年長のプロサッカー選手になります。

私が小さいころ(現在32歳です)にはスーパースターで、三浦知良選手のアニメをみました。
そのアニメを見て、サッカーを始めた子もいると思います。

またサッカーで挫折していた子もこのアニメを見て、またサッカーを始めた子もいると思います。
私がサッカーをしていたころは、読売ヴェルディに三浦知良選手は所属していて読売ヴェルディは1992年にはJリーグカップに優勝をして、三浦知良選手は大会MVPにもなりました。

その後もずっとサッカーを続けていき気がつけば50歳です。
それでもプロサッカー選手として生きている三浦知良選手はを尊敬します。

ここまでサッカーを愛して続けている選手を私は見たことがありません。
できるものなら、サッカーワールドカップの代表選手に三浦知良選手を出してもらいたいです。

年齢的に厳しいと思われますが、経験はピカ一だと思います。
50歳になってもまだプロサッカー選手でいるということは、誰もが認める選手で、世界最年長の選手です。
是非三浦知良選手を押していきたいと思います。

本田圭佑はどこに向かおうとしているのか?

今シーズン、ライバルのスソにポジションを奪われてほとんど出場機会がない状態になっている本田圭佑。
冬の移籍マーケットが開いた時期には、プレミアリーグのハルシティからオファーがあったものの、断ってしまった。

本田圭佑には本田圭佑の考えがあるのだろうが、試合に出ない状態が続くのはやはりもったいないものである。
年齢的にはベテランになってきている中で、ただベンチにいることに意味はあるのだろうか。

ハルシティはリーグの中では残留争いをするレベルのチームではあるが、それでも世界一お金持ちのリーグと言われるプレミアリーグに所属しているチームである。
活躍次第では、一気にビッククラブに加入することができる可能性も大きい。
日本代表にとっても本田圭佑がベンチに座っている今の状態は大きな損失であろう。

最近の本田圭佑は代表の試合に出場しても、あきらかにキレがなく判断も鈍い。
少しづつ若返りが進んでいるとはいえ、まだまだ本田圭佑の存在は代表にとって不可欠なはず。

ミランとの契約はもうじき切れるが、彼はどこに向かおうとしているのだろう。
自らがオーナーとなったオーストリアのチームの経営や、そのほかの彼が手がけているビジネスのことしか頭にないのだろうか?。

そんはずはない。
本田圭佑は経営者である前に一人のフットボーラーなのだから。
逆襲する本田圭佑を見せて欲しい。

元水戸ホーリーホックの橋本晃司選手の魅力

突然すいません、水戸サポーターです。
水戸サポ以外は、唐突に王子と言われても何の事やら、分からないですよね?しかし、自分を含め水戸サポにとって、大変嬉しいニュースが17日に発表されました。
橋本晃司選手が、5年振りに水戸に帰ってきました!

橋本晃司選手は石川県出身の30歳。
星陵高校では、本田圭佑選手(ACミラン)明治大学では、長友佑都選手(インテル)とチームメイトとして、凌ぎを削り、名古屋グランパスに入団しました。
名古屋でも期待されましたが、在籍の5年間(特別指定含む)で、リーグ戦出場5試合に留まり退団し、2012年に水戸ホーリーホックに移籍しました。

水戸でレギュラーに定着し、12年は38試合6得点、13年は39試合12得点と大活躍をして、翌年、大宮アルディージャに移籍しました。
水戸での2年間、大活躍でしたが、加入当初はチーム及び柱谷監督(当時)の評価も低く、橋本晃司選手に対する視線も厳しいものでした。

原因は、橋本晃司選手のサッカーへの取り組み方の甘さがありました。
守備では、味方を助ける動きをしない、攻撃ではパスを味方に出したら終わりでは、味方の信頼を得ません。

橋本晃司選手にとって幸運だったのは、厳しい評価をしながら試合に使い続けた柱谷監督、橋本晃司選手に背中で、お手本を示し続けた鈴木隆行選手(現解説者)が居たことです。
徐々に、守備では味方を助けるプレスも増え、攻撃でも味方の為にスペースを作る動き、パスを出し終えても、ゴール前に走り込む動きも増えて、次第にチームメイト、監督の信頼を得ていきました。
信頼を得るとパフォーマンスも向上し、水戸2年目からは不動の10番となりました。

だからこそ、大宮移籍のニュースを聞いた時は、多くの水戸サポはショックを受けました(私もその1人)
サポーター同士の話でも、橋本晃司選手の名前が出る会話も多かったです。
それだけ、水戸で才能が開花した選手だと、サポーターも認識しています。

なので、橋本晃司選手が水戸に帰って来た事が、嬉しくて仕方がありません。
あ、因みに王子は、サポーターが橋本晃司選手に付けた愛称です(汚れ仕事をしないという皮肉!)

ただでさえ、開幕直前で楽しみな時期に、橋本晃司選手が加入したので、さらに楽しみが増えました。
今回も、最後まで記事を読んで頂きありがとうございました。